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第135話:再会

 真っ暗な闇が広がっていた。

 声は出せず、音もなく、一切の感覚が消えていく。

 死とは、こういうものなのかと考え、しかしふと疑問に思う。

 思考だけは、はっきりしているのだ。

 考えることだけはできる。

 何故だ――?


 その時だった。

 音が無いはずの闇の中、何者かが羽ばたく音が耳元で聞こえた。

 かすかに羽毛のような感触が鼻先をくすぐると、ミラベルは


「かはっ」


 と息を吐き、起き上がった。

 しかし、周囲にはなにもない闇が広がっているだけだ。


「――何だ? 何か……」


 おもむろに手を伸ばし、その何かを探る。

 ふと、ふかふかとした柔らかな感触に触れ、気づく。

 見えないのに、何かがそこにいる。

 思っていたよりも小さい。

 手のひらにギリギリ収まるくらいのサイズだろうか。


 ……鳥か?

 と思い当たった瞬間だった。

 闇の中、薄っすらと影が浮かび上がる。

 そして自分の手には、夢の中で出会う青い鳥のふっくらとした体が収まっていた。


「鳥……」


 思わずつぶやき、ミラベルは困惑した。


「あれ? これ夢? 夢に出てくる鳥じゃん?……夢? どこから?」


 すると、鳥はミラベルの手の中からぽんと飛び、小さな足取りでどこかへと歩いていく。

 一度だけ、付いてこいと言わんばかりに振り返り、ふっくらとした羽毛をバサリとしてみせた。


「……夢の、続き?」


 おもむろに立ち上がり、鳥の後を追った。

 奇妙な感覚だった。

 足の下は真っ暗で、何も無いように見える。

 だが確かに足場はあるのだ。

 しかしその感覚も、妙に柔らかく、かと言って足を取られるようなものでは無い。

 夢見心地、と言えば良いのだろうか。

 どこかふわふわとした感覚だった。


 鳥が更に奥へ奥へと向かっていく。

 だが、そもそもが闇なので奥へ向かっているのかどうかもわからない。

 距離の感覚も、鳥とミラベルの間にしか無いのだ。

 ただひたすら歩き続けると、ミラベルは遠くに人影を見つける。

 鳥は気にせず歩き続ける。


「あ、あの……ええ……」


 声をかけるべきか、追いかけることを優先すべきか――。

 近くを通り過ぎようとしても、暗闇が濃く顔は判別できない。

 身長はやや高めに見える。

 長身の――女性、か?

 すれ違いざまに、


「あの……」


 と軽く声を掛けてみたものの、こちらの声は聞こえていないようで返事は無かった。

 ミラベルは仕方無しに、鳥の後を慌てて追う。

 しかし――。


『リディ――』


 その影が、か細く、小さく、つぶやいた。

 ミラベルは思わず振り返る。

 だが既に影の姿は無く、どこまでも広がる闇が広がっているだけだ。


 ――知っている人の声だった。


 ティルフィング・ゲイルムンド。

 リディルの、母親の――。

 鳥はそれでも歩みを止めない。


 そして更に、別の影を見つける。

 その影は、やや大柄な、筋肉質の男性に見えた。

 男の影は、何かをぶつぶつとつぶやいている。

 だが、その多くは聞き取れない。

 かろうじてわかった単語は、『想い、守る』の二つだけだった。


 そして、更に足を進め――。

 鳥が、立ち止まった。

 その隣に、何かに腰掛ける影がいる。

 鳥が羽ばたき、影の膝下に飛び乗った。

 影が、言った。


『ああ――来たんだね、ミラベル』


 一瞬、それが誰の声なのかわからなかった。

 だが記憶の欠片に存在する、知っているはずの声。

 確か、最後に聞いたのは、一年前の、冒険の――。


 さーっと暗闇が引いていく。

 まるで、その影が――そこに佇んでいた男から、闇を祓ったかの如く、男を中心にきれいに闇が晴れていた。

 真っ白な空間で、その男――[リジェット]は穏やかな笑みを浮かべていた。


 一瞬、ミラベルは言葉をつまらせる。

 何と呼べば良い。

 冒険者の時に名乗ったのは、[怒りと憎悪リジェット]。だが後から知った彼の本当の名は、[怒り《レイジ》]であり――。

 彼がゆっくりと鳥へと視線を落とし、


『良いんだね』


 と言った。

 鳥は小さくうなずくと、彼は立ち上がった。

 そして、隣で蹲っていた小さな影に声をかける。


『行くよ、ベルヴィン』


 影が晴れ、幼い少年が姿を現した。

 黒い髪、黒い瞳の、優しそうな子だった。

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翻訳の魔導書を完成させた魔導師見習い。役立たずと言われ魔法学校と魔術師ギルドから追放されるもルーン文字を翻訳できることが判明し最強の付呪師となる
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