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第121話:裏切り者たち

 [ボーン家]の本殿。ユベルの私室にて。

 その体の主となったザカールは、生前彼が愛用していたらしい背もたれと腰のサポート、肘掛けと足置き付きの椅子に腰を掛け、静かに呼吸する。

 そして、付き従う従者に言った。


「私に尽くす、条件があると言ったな?」


 頭を垂れたままの老執事は、この肉体の持ち主に付き従っていた男だ。

 殺すつもりで放った〝雷槍〟に耐えたのは、既にザカールの魔力が全盛期の数十分の一以下に落ちていたことだけが原因ではない。

 それなりの、実力者なのだろう。

 老執事が口を開く。


「私どもは、[ボーン家]に仕える者でございます」


 ザカールはすぐに返した。


「だが彼はもういない。私が殺した」


 老執事は無表情のまま、


「御冗談を」


 と述べてから言った。


「貴方が、ユベル・ボーンとして君臨してくだされば、[家]は存続いたします」


 その言い様に、ザカールは


「ほう」


 と関心が息となって漏れた。

 続けろ、と促すと老執事は言った。


「お子を、なしていただきたく存じます」


 ザカールは答えず、彼の続きを待つ。


「我らは皆、[ボーン家]に忠義を尽くす者。[家]さえ存続してくだされば、それで満足でございます故。――なるべく、早急に」


 それは、切なる願いであり、ザカールにとっては容易い条件であった。

 たったその程度のことで、欲していた隠れ家が手に入るのだ。

 しかし――。


「[家]と言ったな? では養子でも良いのか? この[ボーン家]の血筋が途絶えたとしても――」


 こういう時に、戯れてしまうのがザカールという男なのだ。

 相手の大切なものを挑発し、あるいは小馬鹿にし、出方を、人となりを見たがる。

 性分なのだ。

 だが、老執事は表情を変えること無く言った。


「構いません」


「構わないのか……」


「我らは王家とは違います。[血]では無く、[家]、[家名]、これが最も必要なものであります故」


 ザカールは考え、言った。


「良かろう。ユベル・ボーンとして養子を迎える。だが――」


 一度言葉を区切り、ザカールはなめらかに言った。


「私も後ろから刺されるのは怖い。正式な後継者としての指名は、保留とさせてもらおう」


 リィーンドも、ウィンターも、バーシングも奪われたのだ。

 最初に体を奪った現代の[リドル卿]ならば同時に二十ほどのドラゴンを呼び出せたのだろうが、その次の体では三体が限度、そして今この体では一体すら呼べるかどうか……。

 そして、引き継いでしまった呪いにより左腕から先は無い。

 あの素晴らしい義手も剣聖の使った光の剣で破壊されてしまった。

 今はまだ――。


「……急いだほうがよろしいのでは?」


 老執事が、冷たい声色で言った。

 ザカールが視線を向けると、老執事は怯むこと無く言った。


「先の戦いの光の剣と光の杖。[ボーン商会]でも全くつかめていなかったものです」


 言葉に乗った僅かな焦りの色を感じ取ると、それでもザカールは笑った。

 見事である。

 感嘆するのと同時に、ザカールは彼らの次の手を予測する。

 恐らく――ザカールから奪ったドラゴンたちから、知識を引き出そうとする。

 ミラベルは、ザカールと同じ力を持つ者なのだ。

 ザカールにできることはミラベルにもできると考えて然るべきだ。


 ――恐らくは、バーシングが最初に裏切り、次にウィンター、最後にリィーンドだろう。


 この執事も、ザカールとなったユベルには早く消えてほしい、というのが見て取れる。


 ――仲間と呼べるものは、いなくなったか。


 しかし、とザカールは言った。


「不要だ。全て、順調に進んでいる」


 執事の表情が見るからに曇る。

 ……これが、[支配の言葉]の大きな大きな欠点の一つ。

 これを[言葉]側で改善しようとすれば、今度は思想と行動が不自然になり過ぎ、自分自身の違和感に気づかれ見破られてしまう。

 そして、[支配の言葉]は決して洗脳の言葉では無いのだ。

 即ち――。


「――[古き翼の王]を傀儡にし、国の経済を牛耳るのはユベル坊ちゃまの夢でありますが」


 裏切り者は、[支配]されても裏切り者なのだ。

 なるほど、彼らはビアレスの血統に退場してもらおうと考えていたのだろう。

 そして[古き翼の王]に[支配]された結果、女王から挿げ替わった[古き翼の王]に消えてもらいたがっている。

 皮肉なものだ、と内心で苦笑し、言った。


「無論だ。約束は果たそう」


「――でしたら」


「既に手は打ってあると言った」


 やや強くそう言うと、老執事は押し黙る。

 彼は表情を変えず、すぐに言った。


「養子は、こちらで見繕っても?」


「好きにしろ。いずれ捨てる体だ」


 ザカールとしても、この程度の体に未練は無い。

 やはり、[リドル卿]の体を失ったのは痛手だった。

 あの体ならば、全盛期に最も近い力を持っていたというのに……。


「ああ、それと――」


 ふと、老執事が思い出したように言った。


「旦那様のご友人が、いらしております」


 ゆらりと影が蠢き、それが誰なのかに気づいたザカールは苦笑した。

 影が笑い、嘲った。


「随分と堕ちたな、ザカール」


 ザカールは言った。


「負けて逃げ帰ってきたか、ヴァレスよ」

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翻訳の魔導書を完成させた魔導師見習い。役立たずと言われ魔法学校と魔術師ギルドから追放されるもルーン文字を翻訳できることが判明し最強の付呪師となる
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