第112話:切り札
同時に下方、上方からいくつもの火線がリディルを襲う。
リディルを舌打ちし、[鮮血の巨人]から距離を取る。
所詮は、剣士。
もはや自分は時代遅れの産物でしかないのだ。
それでも、わずかに残った[ボーン商会]と[聖杖騎士団]の兵たちが懸命に[鮮血の巨人]に攻撃を仕掛ける。
だが、[鮮血の巨人]から全方位に向けて放たれた火線に晒されてしまえば、防戦一方だ。
少なくとも、僅かな間[鮮血の巨人]を無力化しなくてはならない。
再生に時間がかかるほどのダメージを与える必要がある。
そしてその決定打が近づいてくるのを、リディルは察知していた。
ふらふらとおぼつかない軌道で後方から迫る影を捉える。
先程[リドルの鎧]の探知能力で見た通り、その小型飛空艇にはアリスとアンジェリーナが乗っていた。
アリスがリディルに気づくと、ぱあっと表情を明るくし、一メートルほどの長い筒状の物体を見せつけるように掲げた。
同時に、下方から放たれた〝雷槍〟が飛空艇の後部エンジンを撃ち貫く。
エンジンが爆発炎上し、飛空艇は急激に高度を下げていく。
リディルが一気に加速するのと、飛空艇の下方からザカールが迫ったのは同時だった。
アリスがバランスを崩し飛空艇から投げ出されそうになる。
それをアンジェリーナが片手でなんとか抱きかかえながら、ザカールに向けて懇親の[七星]を撃ち放つ。
一瞬、知らない記憶がリディルの中に流れ込む。
『娘よ。お前は、メリアドールを女王へと導くのだ』
すぐに記憶がさーっと流れ、隣にいるアリスに向けて言った。
『メリーには、みんなと一緒にここで暮らしてもらうわ。あの子、女王なんて……ガラじゃ、ないでしょ』
危ないことしてほしくないし。
誰にも聞こえないよう、こっそりと口の中でそうつぶやき、再び視界が戦場へと戻る。
ザカールは[七星]を放ったアンジェリーナの攻撃に一切怯むこと無く、真正面から[七星]の魔力を安々と弾き飛ばす。
そのままあっという間に距離を詰め、アリスの持つ筒に手を伸ばした。
だが既にそこはリディルの距離だった。
音すらも超えた圧倒的な加速で迫ったリディルは、ザカールの心臓目掛け[貪る剣]を突き立てる。
しかし、更に下方から姿を表した三匹のドラゴンの連続攻撃に晒され、リディルはわずかに距離を開けざるを得ない。
瞬間的な記憶の彼方で、誰かが言った。
『物好きな人間よ。お前の言う未来を、見てみたい』
『お前の考えが正しいのか、果たして本当なのか興味がある』
『――お前という人間がどうなるのか、見届けよう』
記憶と映像が引くと、ザカールは再びアリスに向き直る。
アリスにしがみつかれた状態のアンジェリーナは、額に汗をびっしりと浮かべ、両腕に懇親の魔力を圧縮させ、呻くように言った。
「[八星]――」
バチン、と極大魔法が弾け、ザカールに直撃する。
しかし尚、ザカールは八属性の巻き起こす爆発的な魔力の本流をすべて受けきり、無理やりアリスに向けて腕を伸ばした。
リディルは下方から放たれたドラゴンの波状攻撃を回避し、ザカールに再び斬りかかる。
ふいに、ザカールが笑った気がした。
――罠か、とリディルは咄嗟に身を翻すも、もう遅い。
ザカールはこれを待っていたと言わんばかりに、アンジェリーナの数十倍は圧縮し続けた槍のような[八星]をリディルに向け撃ち放った。
リディルは咄嗟に[貪る剣]を盾にするも、瞬間の圧倒的な魔力を奪いきれず、[貪る剣]は魔力を周囲に撒き散らしながらリディルの手から弾けるようにして離れていく。
煙となって消えたザカールが、瞬間的にリディルの眼前へと姿を表す。
その手には、[貪る剣]が握られていた。
アンジェリーナは再びザカールに向けて[八星]を使おうとするも、魔力を抑えきれずにバチリと暴発を起こし、「あう」と短い悲鳴を上げる。
リディルは腹部からリドル卿の主砲をザカールに向けてばらまく。
だが全てのエネルギーは、[貪る剣]の一振りで無効化され、ザカールの力となる。
ザカールは[貪る剣]をリディル目掛け、振り下ろす。
アリスが叫ぶ。
「リディルさん!!」
既に、リディルも覚悟を決めていた。
[貪る剣]が振り下ろされるよりも早く、リディルは追加兵装のせいでわずかに膨らんだ右腕をザカールに向け、偽装用のカバーを爆砕させた。
同時に、右腕に隠された試作兵装――[三連装五ミリガトリング砲]を起動させ、ザカールの胴目掛け一気に撃ち放った。
三つの銃身が回転すると火薬と実弾が圧倒的な速度で炸裂し、ザカールを襲う。
盾にした[貪る剣]は質量の力で弾かれ、ザカールは咄嗟に魔力の障壁を幾重にも張り巡らせる。
ガトリング掃射は五秒間ほど行われるも、熱を帯び、あるいは試射が不十分だったか、被弾が原因で火薬に引火し小さな爆発を起こした。
しかし――。
体を銃弾でズタボロにさせながらも、ザカールは生きていた。
そしてリディルに止めを刺そうと、[貪る剣]を振りかぶる。
刹那の瞬間、ザカールが言った気がした。
『見事。そして、さらば――』
キィン、と遠くなった視界の彼方で、男が言った。
『俺は、お前が正しかったのだと思った。確かにそう、信じた。――だが、間違いだった。俺も、お前も……最初の願いは、世代を越えて受け継がれはしなかった。彼らの、絆も……』
リディルは切り札を起動させた。
[リドルの鎧]、その両手首の内側に二対。
滑るようにしてスライドし、リディルの両の手に握られた掌サイズの筒状の、最新の兵装。
筒に備わったスイッチを起動させながら、ザカールの胸に向け下からX字に振り抜いた。
瞬間、筒から放たれた灼熱の、蜘蛛の糸の如く圧縮された極限の光刃が、ザカールの魔法障壁を紙のように溶断し、そのまま胴体を切り抜いた。
その灼熱の刃は、切った瞬間に傷を焼き炭と化し、血すらも出ない。
[光の剣]と呼ばれるその兵装は、一切の魔力を有さない特異な兵器だった。
[リドルの鎧]に残されたデータを使い、マランビジー研究所が作り上げた太古の武器。
魔導師であるザカールには想像もできまい。
ザカール自身、何が起こったのか理解が追いついていないようで、バラバラになった体をかつてのように遠隔操作しようとするも上手くいかず、ぐらりと姿勢を崩しただけだ。
おそらくは血だ、とリディルはふんでいた。
血を介し、操り人形のようにして四肢を操っていたのだ。
だが、焼き切ると同時に炭と化し止血された体ではそれも叶うまい。
文字通り、血の一滴も出ないのだから。
リディルは更に追い打ちをかけザカールが盾にした[貪る剣]ごと腕と胴体を光刃で両断する。
「御老体!!」
下方から三匹のドラゴンが一気に迫るも、もう遅い。
リディルは二対の光刃を束ね、通常よりも刃圏を伸ばしザカールの頭上から振り下ろした。
しかし――。
ばちん、と一振りの光刃が誘爆し、リディルは舌打ちする。
光刃が消失すると、ドラゴンの一匹がザカールを咥え、後退するのと同時に、残りの二匹がリディルに向けていくつもの[言葉]を撃ち放ちながら援護に入る。
二匹のドラゴンの首を、すれ違いざまに残された一振りの光刃で両断すると、ドラゴンの体はボロボロと朽ち、溢れ出た淡い輝きがリドルの鎧に纏った[古き翼の王]の甲殻や翼膜に吸収されていく。
――まだ、行ける。
両太ももと肩部の裏側に備え付けられた推進装置を吹かせ、瞬間的に音すらも置き去りにした加速でザカール目掛け光刃を振るう。
ザカールが一瞬、
『よせ、リィーンド』
と呻くのと、リィーンドと呼ばれたドラゴンがザカールを放り捨て、かばうように前へ出たのは同時だった。
繰り出された牙は炎を撒き散らし、圧倒的な巨大さと鋭さでリディルに食らいかかる。
だが、リディルがそれを軽く身をよじるだけで回避し、首から胴、尾に掛けてを光刃で両断するのは容易かった。
同じく、そのドラゴンの体は朽ち、リディルが身につけた衣へと吸収されていく。
しかし――。
ばちん、と最後の一振りも爆発し、同時にザカールを完全に見失った。
後方でアリスらが乗ってきた小型飛空艇が爆発する。
はっとして見やると、必死に操縦桿を握るアンジェリーナがリディルに向けて叫んだ。
「――何とかする! だから、メリーを……! できるんでしょ、貴女なら!」
その縋るような声に、淡い微かな光が乗ると、[リドルの鎧]の甲冑の隙間一つ一つに吸い込まれていく。
「リディルさん! この[魔導砲]!」
アンジェリーナにしがみついたままのアリスが、完成した筒状兵器を魔力に乗せて放り投げる。
リディルが魔力でコントロールするよりも先に、[リドルの鎧]に備え付けられた同調センサーが起動し、ちょうどリディルの身長ほどある試作兵装を掌握し、コントロール可に置いた。
光のレールに導かれるようにして、リディルの手元に滑りこんだそれは、そのまま肩部アタッチメントに装着された。
リディルは前を見る。
巨大な[鮮血の巨人]が腕部[八星砲]を構えると、圧倒的な力が集中し、再び精霊の悲鳴と呼ばれる耳をつんざく鈴の音が鳴り響く。
頭部を覆うヘルメットの内側、全天周囲モニターに新たな兵装[可変速魔導砲]の詳細なデータが記されていく。
[鮮血の巨人]が[八星砲]を放つ。[可変速魔導砲]を手元にスライドさせ、制御装置を手動で外し出力を最大にして撃ち放った。
圧縮された光の尾が、[八星砲]のエネルギーを中心から両断し、そのまま幾重にも折り重なった障壁を全て破ると、[鮮血の巨人]の脚部を焼き裂いた。
それでも、[鮮血の巨人]は止まらない。
溶断された脚部が、大地と木々を取り込み、機械と自然が融合した不気味な化け物へと姿を変えていく。
そして、大地の力を取り込んだ[鮮血の巨人]はリディルの[可変速魔導砲]の再チャージを待たずに、先程よりも強力な[八星砲]をリディルに向ける。
幼子の姿をかたどった、闇の結晶。象徴。誰かが不安に思えば、恐怖を感じればその瞬間そこに生まれる者。
それを、太古の時代に封印したロード・ミュール一世が、[イドルの悪魔]と名付けた。
一瞬、リディルはその強大さと凶悪さに呑まれた。
再生の速度が、想定よりもずっと早い。
[鮮血の巨人]の胴体中央、赤黒い装甲すらも透けて感知してしまう[リドルの鎧]の探知能力が、告げていた。
メリアドールの恐怖が、取り付いた[イドルの悪魔]を通じて[鮮血の巨人]の[妖精鋼]を暴走させているのだと。
同時に、[対話不可能]という文字が画面上に踊り、[撤退]を推奨する一文が点滅している。
[鮮血の巨人]はすぐに攻撃を再開すべく、再び上体を起こす。
……こんなものに、ただの、剣士が――。
弱音は怯えとなり、リディルの胸のうちに恐怖が湧き上がる。
――その時だった。
後方から雨のような〝雷槍〟と、〝火球〟の魔法が[鮮血の巨人]に向けて降り注ぐ。
本来ならば、[鮮血の巨人]に容易く防がれるはずの攻撃。
だが、[鮮血の巨人]は弱々しい[魔法障壁]をいくつか張り巡らしただけで、降り注ぐ魔法の多くが肩や頭部、今しがた融合した奇妙な脚部に直撃し、誘爆を引き起こした。
何だ、と思う間も無く、後方から接近してきた集団の、更に突出した六名ほどの部隊の先頭にいた女性が叫んだ。
「[冒険者ギルド特級依頼]! [姫君救出作戦]の一番乗りはァ! チーム[オルトロス]が貰ったー!」




