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第106話:弱者たち

 特命により、旗艦[グラン・ドリオ]に招集されたミラは、


「嫌な名前――」


 と短く吐き捨てた。

 すぐ後ろで、くっついてきたカルベローナが両肩でぜえぜえと荒い呼吸を整えている。


「あ、貴女ね、そういう乱暴な飛び方は――」


「[アンチマジックフィールド]が展開されてんですから、それくらいは覚悟してたでしょ」


「また! そうやってイライラして!」


「……してない」


「してる! 貴女はすぐ顔に出る!」


 そう言ってカルベローナは姿勢を正し、息を整え、ミラの手を取り歩き出した。

 遠くでいくつもの光の柱が天に向けて立ち上ると、同時に空を覆う黒いオーロラが一層深くなり、遠くの光に向けて闇が降り注ぐ。

 カルベローナがその様子を遠目で眺め、ぶる、と身震いさせた。


「フランギース女王がこのタイミングで貴女を呼んだのは、緊急事態だということ」


「……わかんない」


 ミラは、不安だった。

 何も、させてもらえないのだ。

 戦ってる方が、ずっと気楽だった。

 だのに、皆がミラと、[古き翼の王]と、ザカールの力の共鳴的なものを恐れてこれ以上近づけさせてくれないのだ。

 カルベローナが、ぐっと力を込めてミラの肩に触れた。


「一緒にいる。だから、大丈夫」


「……カルちゃん弱いじゃん」


「そうね。だけど、貴女の盾くらいならやってあげられる」


 ミラはうつむいた。

 そういう、話を、したかったわけでは無いのだ。

 ただ、もっと漠然とした不安なのだ。


 パーティ会場で出会った、因縁の人。

 憎めるのなら、憎みたかった。

 母を殺した仇だと思えればどんなに簡単だったか。


 だが、現実は違った。

 女王は、生前の母を実の姉のように慕っており、[花の宮殿]では母との思い出話をたくさん聞かされてしまった。

 助けてあげられなくて、ごめんなさいと、頭を下げられてしまった。


 嫌いなのに、恨みたいのに、そうさせてくれなかった。

 だから、ミラは女王とはもう二度と会いたくなかったのだ。


 ミラの手を握るカルベローナの指に、ほんの少し力が込められた。

 大丈夫。

 そう言ってくれているような力強さと、頼もしさがカルベローナにはある。

 きっと、彼女は人の上に立つ器のある子なのだろう。

 ミラは、カルベローナの指示を心地良いと思うようになっている。

 そしてそれは、友人のエミリーとロロナも同じなのだろう。

 部下だからとか、家のつながりだとか、そんな理由で付き従っているのでは無い。

 好きだから、一緒にいるのだ。

 カルベローナは、一生懸命な、人。

 彼女の指先から伝わる体温に当てられたような気がして、ミラベルは少しばかり歩みを早めた。


「――そういうのは、わたしより強くなってから言って」


 と憎まれ口を叩くと、カルベローナはふふんと得意げに鼻を鳴らす。


「すぐに追い抜いてあげるから――」


 ミラは少しばかり嬉しくなり、


「へえ」


 と声を漏らしたその時だった。

 女王の間の扉の前で待っていた人が誰なのかを理解したミラは、思わず歩みを止めた。

 すぐ後ろを歩いていたカルベローナの顔がミラの後頭部にぶつかり、


「ぐえ」


 と、彼女はおかしな悲鳴を上げる。

 その女性がミラを見ると、少しばかり大げさな態度で仁王立ちし、言った。


「遅えぞ。呼ばれたらすぐに来いってのは、何度も教えただろ」


 ミラの育ての親であるジョット・スプリガンが、どういうわけだか十三番隊の騎士三人を連れて、いるはずの無い場所にいる。

 ミラは困惑し、


「ど、どうして……?」


 と問う。

 すぐ後ろのカルベローナも、


「ミラベルの、孤児院の方が……?」


 何故、と不思議そうにつぶやいた。

 だがジョットは答えず、連れてきたケルヴィンたちに、


「テメーらはここまでだ。悪かったな」


 とだけ告げ、さっさと扉を開けて部屋に入っていく。

 慌ててケルヴィンが、


「お、おい!」


 とジョットを止めようとするが、同僚の騎士がそれを後ろから止め、言った。


「やめとけって。女王直々の招集ってのは、俺たちが知らない方が良いことだってあるだろ。――お前もだ、馬鹿!」


 と、最年少の同僚が部屋の中を覗き見ようとしていたところを叱り飛ばす。

 そして、彼はミラの後ろのカルベローナを見て、言った。


「テモベンテのお嬢さんも、ここまでにしておけよ」


 カルベローナの身体が一瞬強張った。

 それでも不遜な態度は崩さず、彼女は言った。


「お言葉ですけれど、レイブン家のダーンさんは――」


「身の程ってやつ。わかってんだろ。田舎のテモベンテが、女王の――下手したら賢王の何かに巻き込まれちまうかもしれない。もうおままごとじゃあなくなってきてんだ」


「――わたくしは武門の家柄よ」


「家はな。でもアンタは……俺達と何も変わらねえだろ。――本物にゃ届かねえ」


 カルベローナは押し黙り、唇を噛む。

 彼は扉を見、尚も言った。


「どう考えたって、やべえだろ。なんで女王の間に、田舎の孤児院の経営者がこの非常時に呼ばれるんだ? おかしいだろ……。そんでそのおかしいことがまかり通るってことは、俺達が知るべきじゃない何かがあるってことだ」


 そのまま、彼は隣にで表情を暗くするケルヴィンを励ますようにして言う。


「――元々、お門違いなんだよ、俺たちは。わかんだろ? ソリチュード姫が密航してたのだけでも不味いってのに、俺たちみたいなのが、その護衛を[グラン・ドリオ]で受け持った。……もう十分だ。これ以上、内部に関わるわけには行かない。……わかんだろ?」


 ケルヴィンは、表情を暗くしたままうつむく。

 ああ、そうか。

 この人は、とどまってしまったのか。

 そして酷く後悔しているようにも見え、ミラは思う。

 同じ表情を、カルベローナにしてほしくない。

 それは、ミラの子供じみたわがままでしか無い。

 だけど――それでも。


 ミラは意を決し、後ろにいたカルベローナの手を乱暴にぎゅっと握った。

 カルベローナは困惑したが、彼女が何か言いかける前にミラはダーン・レイヴンの顔を見、言う。


「ジョット姉さんは、強いので一人で行きました。――わたしは、弱いのでカルベローナを連れていきます」


 すると、彼は呆れ顔になって言った。


「あのなあ姫さん。その結果、テモベンテ家が――」


「何かあったら、同じ騎士団の仲間ですから、ケルヴィンさんにも、ダーンさんにも、バリエント君にも助けてもらいますので」


「そりゃあ、そうだろうけど……」


「では、どうも」


 ミラはペコリと頭を下げ、


「ちょ、ちょっと!」


 と驚くカルベローナを無理やり引き連れ、扉を開けた。

 後ろでダーンが、


「……知らねえぞぉ」


 と呆れたが、ミラは聞こえないふりをした。

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翻訳の魔導書を完成させた魔導師見習い。役立たずと言われ魔法学校と魔術師ギルドから追放されるもルーン文字を翻訳できることが判明し最強の付呪師となる
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