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第98話:出撃

 リディルはリドルの残した[魔導アーマー・リドルの鎧]を装着しながら、兵装が増設されたことでわずかに膨らみを見せた両腕の装甲を軽く合わせてみせた。

 数秒もてば良い切り札。


 ――それだけあれば、十分だ。


 そう考えるリディルであるから、それ以上の心配はしないようにした。

 自分は、人の形をした剣だ。

 そう、教え込まされ、自分でも同じようにしてきた。

 メリアドールとメスタがそれを否定し、リディルはようやく人になれた気がしていた。

 だがそれは、平時の話だ。

 平時の、話なのだ。


 兜を装着すると、内部に備え付けられたモニターがパッと起動し、周囲で慌ただしく出撃準備を進める騎士たちの様子が映し出される。

 テモベンテ家の騎士は、戦力としては十二分だろう。

 叩き上げが多いのだ。

 最近はマリーエイジ家とも同盟を結び、そちらからも熟練の騎士たちが合流したと聞いている。


 だから、リディルは一つのことに集中できるのだ。

 技師の一人が慌ただしくやってきた。

 そばかすと油で顔を汚した彼女は、資料とにらめっこしながら言った。


「け、剣聖殿の鎧は、こちらで整備しなおしたものであります」


 リディルはすぐに答えた。


「うん、聞いてます」


「ですが、未知の部分が多く、全てがわかったわけでは無くて……。特に、動力がわからないんです。え、ええと、ええと……」


「それで?」


「い、いえ、最新のデータですが、全部位が[妖精鉱]に類似した何かで作られていると――」


「似た、何か……」


 リディルはそう口の中で反芻し、モニター越しに映る女技師に問う。


「[妖精鉱]とどう違うの? わかってることを教えて」


 [妖精鉱]とは、魔力に応じて自在に形を変える神秘の鉱物。魔力を通すことで布のように柔らかくもなり、あらゆるものを受け付けぬ硬さすらも身につける。

 女技師が少しばかり困惑しながら言った。


「魔力を、必要としていないようなのです。硬度が変わる仕組みも、自己再生の原理も全くわかっていません」


「そっか」


 と返してからリディルは言った。


「なら関係無いよ」


 女技師はきょとんとした顔になり、


「えっ」


 と返す。


「あたし、魔力ほとんど無いから。――あたしの番だ。もう行くね」


「え、あ、は、はい!」


「[カタパルト]は使えないんだっけ?」


「は、はい、剣聖殿の鎧は[魔法障壁]が強すぎて、受け付けてくれません!」


「そっか」


 リディルはそっけなく返し、[リドルの鎧]の力を開放した。

 ふわり、とまるで最初から重さなど無いかのごとく浮遊した[リドルの鎧]は、ゆっくりと格納庫の出口を目指した。


「ご武運を!」


 背後から声を投げかけられたリディルは、


「はーい、どーも」


 とだけ返し、モニターにパッと現れたアリスに視線を向けた。


〈私たちは、後方支援に徹します。味方の救護と護衛に努めてますので――〉


「うん。[翼]君はもう出た?」


〈……いえ、それが。なんかあったみたいで遅れてます〉


「へー」


〈現在[ボーン紹介]と[聖杖騎士団]が前線を努めていますが、たぶん時間の問題だと思います〉


「ん、あたしは助けないよ?」


 そう言うと、モニター越しに映るアリスは薄く邪な笑みを浮かべ、言った。


〈現場の判断に任せます〉


「はぁい。――[ハイドラ戦隊]のリディル・ゲイルムンドです。[魔導カタパルト]が使えないので、そのまま出ます」



 ※



 黒竜は着々と出撃していくテモベンテ家の騎士たちを横目で見ながら、思う。


 ――なんか、すっごい科学発達してない?


 同時に、アンバランスさも感じていた。

 これだけ科学が発達していて、[魔導カタパルト]なるよくわからない技術すらあるというのに、列車的なものが無いのだ。

 そして[飛空艇]技術の発達により、低コストで空の旅ができるようになったというのも大きいのだろう。

 ちょっとした人や物資の移動なら、転移魔法もある。

 自分の前の番の騎士が[魔導カタパルト]から高速で射出されていく様子を見ながら、黒竜はひとりごちる。


「世界が違えば、常識も変わる――」


 遠くから技師たちの声がする。


「出撃だぞー翼のー! 剣聖と合流し、あとはあちらさんに従ってくれりゃあ良いって伝言だ!」


「了解です! どうも!」


 と言ってからチラと後ろを見る。

 ちょうどカルベローナが密航していた王位継承権第二位のソリチュードを頭部を拳でグリグリと押し付けているところだ。

 ソリチュードが言う。


「わ、わたしも、わたしも行くの! メリアドール姉さまを助けないと……! んぎゃあ!」


 カルベローナはソリチュードをギュッと抑え込み、黒竜を見る。


「良いから行って! なんとかしますから!」


 なおもソリチュードが叫ぶ。


「姉さまには返しきれていない恩がいっぱいあるのです!」


「それは、強い者にしか言えない台詞でしょうが!――誰か! この大馬鹿者を、[グラン・ドリオ]に送り届けて!」


 黒竜がそそくさと出撃しようと足を進めるその時だった。

 だっと何者かが駆け出し、黒竜の首の後ろにまたがった。


「え、、だ、誰!? 誰だ!?」


 黒竜はわけも分からず叫ぶと、背後で駄々を捏ねていたソリチュードが更に声を荒げた。


「ああー! メスタ・ブラウンさんはずるいでしょう!?」


「ええ!? メスタさん、あなたちょっと戻りなさい! 待機命令が出ているでしょ!」


「待って! 待って! それならわたしも、わたしも行きますー!」


 首の後ろにまたがったメスタが、快活に笑って言った。


「良いぞ[翼の]、出してくれ!」


「んやぁー! わたしも行きたいー!」


「メスタさんお待ちなさい! あなた、ご自分の立場を――」


「悪いなカル! わたし、昔っからこうなんだ! たぶんな――!」


 げし、とメスタに足で小突かれた黒竜は、


「し、知らないぞぉ……」


 と小声で言ってから、翼を羽ばたかせた。

 そんな状況を知るよしも無く、格納庫に技師の声が響く。


「[翼の王]が出るぞ! [翼の王]、発進だ! 良いぞー!」


 黒竜は進行方向が開かれたのを確認し、ささやくようにして言った。


「〝疾走・(スクリーズ)〟」

 そして黒竜は、風よりも早く疾走し、戦火の空へと飛び出した。

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翻訳の魔導書を完成させた魔導師見習い。役立たずと言われ魔法学校と魔術師ギルドから追放されるもルーン文字を翻訳できることが判明し最強の付呪師となる
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