鍵を握る人 3
それから車はどんどん郊外へ向かっていくようだった。
建物がどんどん少なくなっていく。時たま道にゾンビを見たが、それらもどんどん少なくなっていく。
誰も喋らず、ただ、車は進んでいく。たまに、平野さんが椿先生に指示を出すくらいだ。
そして、夕日がオレンジ色に染まる頃。車は寂しい場所で止まった。
「さぁ。降りろ」
そういって、平野さんが車から出る。俺、小室さん、古谷さんが車から出て、最後に椿先生が車から出た。
「ここは……」
車が止まったのは……何か大きな施設の前だった。白い箱型の建物が幾つもの連なっている。
「フフッ……懐かしい。漸く私は古巣に戻ってこられたというわけだ」
平野さんはそう言って、嬉しそうに目の前の建物を見つめる。
「あ……平野さん。その……紫藤さんを、トランクから出しても?」
俺が遠慮がちにそう言うと平野さんは思い出したようにめんどくさそうな顔で頷いた。
俺はそのまま慌てて車のトランクを開ける。
「紫藤さん!?」
紫藤さんは小さく丸くなっていたが……なんとか動けているようだった。
「お、おお……赤井。俺……滅茶苦茶気分悪い……」
それはそうだろう。二時間近くトランクの中にいて、車が走行していれば気持ちも悪くなる。
「大丈夫? 立てる?」
なんとか紫藤さんは立ち上がった。そして、フラフラしながらも、なんとかトランクから這い出した。
俺は辛そうな紫藤さんの背中をさすってあげることしかできなかった。
「……さて、これで全員か?」
平野さんが銃を持ったままでそう言う。椿先生は平野先生を睨んでいる。
「これから、私の実験の次の段階を進める。諸君にはそれに協力してもらう。付いてきてくれ」
そういって、平野さんが背中を見せた……その時だった。
椿先生は平野さんに突進し、思いっきり平野さんを突き飛ばした。
「あ」
俺が声を漏らすと同時に、平野さんは銃を取り落とす。
それを椿先生は瞬時に拾い、平野さんに銃口を向ける。
「……形勢逆転ね」
椿先生は勝ち誇った様子でそう言う。
俺達も何もできず、ただ呆然と見ていることしかできなかった。
しかし……平野さんは動じる様子はなかった。それどころか、不敵な笑みを浮かべている。
「……撃てるのか? アンタに」
平野さんがそう言うと椿先生は少し驚いた顔をしたが、すぐに怒りを表す。
「舐めるんじゃないわよ! 私は……子どもたちを守るの!」
そういって、今にも椿先生が引き金に手をかける……その時だった。
「ワクチン、いらないのか?」
平野さんは勝ち誇った表情で大きな声で、椿先生に問いかけた。
「え……ワクチン……?」
「ああ、そうだ。言っただろう? ワクチンを私は持っていると。そこの半ゾンビの三人はワクチンがなければもとに戻らない……それでもいいのか?」
平野さんがそう言うと、椿先生は俺、そして、小室さん、古谷さん、紫藤さんを見る。
銃口は震えている……椿先生は今一度平野さんを見た。
「で、でも! ワクチンは政府が開発するって……!」
「そんなの、いつになるかわからないだろう? 私はワクチンをこの施設の中に隠している。そして、その在処にたどり着くには、私しか知らないパスワードが必要だ」
最初からそういうことを予定していたかのように平野さんはそう言った。それを聞いて、椿さんは銃を下げた。
平野さんは何事もなかったかのように立ち上がり、そのまま銃を椿先生から奪い取り……今度は銃口を椿先生に向けた。
「……やめて」
小室さんが小さな声でそう言った。それとともに、椿先生は哀しそうな顔で俺たちを見る。
「……ごめんね。やっぱり先生……何もできなかった……」
そういって、椿先生が微笑むと同時に、パァンと乾いた音が辺りに響く。
「……はぁ。これだから、教師という存在は嫌いなんだ」
平野さん……いや、平野という悪魔のような女は、倒れた椿先生の亡骸にそんな言葉を吐き捨てた。
俺は、理解した。目の前の平野が、俺を取り巻くこの地獄の元凶であり……この謎の施設こそ、俺たちがたどり着くべき、最後の場所だということを。




