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僕とゾンビじゃない彼女  作者: 松戸京
チャプター29
202/204

鍵を握る人 2

「あの……平野さん」


「ん? なんだ? 赤井くん」


 車の中。あまりにも険悪な雰囲気の中で、俺は平野さんに切り出した。


「その……この車、どこに行くんでしょうか?」


 バックミラーに見える椿先生の表情は辛辣だ。そりゃあ、自分を殺すかもしれない人物が隣に座っているのだから、不安に決まっている。


 平野さんに車に強制的に載せられ、俺たちは学園を出発した。


 それから、一時間ほど、車の中は沈黙が支配していたが、俺がそれを破った。


「ふむ……そうだな。そろそろ君とは話してもいいかな」


 そういって平野さんはタバコを取り出し、ライターで火をつける。


「……赤井君。君は地球というものを考えたことあるかな?」


「え……地球?」


「そうだ。温暖化とか、人口爆発とか……そういう問題について考えたことあるか?」


 言われても俺はすぐには答えられなかった。隣に座っている小室さんと古谷さんも不安そうに俺を見る。


「……すいません。あんまり……考えてないです」


「正直で結構。では、その解決策はどうすればよいか? 君は……自浄作用って言葉知っているかな?」


「……自浄作用?」


 自分がバックミラーに映るように、ミラーの位置を自分の方にズラす。


「え……それって……」


「言葉のままの意味さ。我々人間にも備わっている。体内に毒が入ったときに、それに抗う力……もしくは、人間よって汚染された河川が、時とともにその清らかさを取り戻す……代表例はそれかな。私はね、地球もそれを行う時が来ていると思ったんだよ。地球にとって我々人類は毒のような存在だからね」


 平野さんの言葉に俺は黙ってしまった。そして、言葉を慎重に選びながら、次の質問をする。


「……もしかして、今起きていることが……自浄作用で……それを引き起こしたのは……アナタだって言うんですか?」


 俺がそう言うと平野さんは煙を大きく吐き出し、バックミラーに映る瞳をニンマリと細める。


「言っただろう? 私は医者だと。ゾンビ病は病気……だが、私は病気とは言いたくないとも言った。それはこれが地球にとっての自浄作用で、私にとっての研究成果だからだ。私は病院……そう。地球にとってのワクチンを開発する、あの研究所でそのための研究をしていたのだよ」


 それを聞いて、俺、小室さん、古谷さんは顔を思わず見合わせてしまった。


 この地獄のような状況……そして、すべてを引き起こした張本人。


 それが今、俺達のすぐ近くにいて……罪悪感を感じるどころか、それが正しいことだと思っている。


「そして、私の思惑通りの状況ができた。あの学園にとどまることになったのは想定外だったが、おかげで大量の非常に良いデータをとれた。ゾンビとなった人間はどれほどの衝撃に耐えられるのか、どれほど飲み食いをせずに生きられるのか、どこまでの毒物に耐性があるのか、どこまで細切れにしても活動できるのか……普通の状況では実行できない実験ができたからね」


 うっとりしながら平野さんはそう言う。平野さんの言葉を聞いていると、とても現実のことを喋っているとは思えない。


 ただ、俺は思い出していた。黒上さんが言っていた、谷内を助手にした平野さんの実験のこと……


「……今言ったこと、全てが真実だとすれば……アナタは……ただの狂人よ」


 そういったのは俺たちではなかった。運転している椿先生だった。


「……なんだ、運転手。誰がお前に喋っていいと言った?」


「殺したければ殺せばいいじゃない! 今ここで私が死んだら、アナタも巻き添えよ!?」


 椿先生は今までで聞いたことのない声でそう言う。平野さんは椿先生を睨んでいたが、行動には及ばなかった。


「……後、一時間ほどだ。それで、私は研究を次の段階に進められる」


 それだけ言って再び車内は沈が支配する。俺はふと手元を見る。


 左手は古谷さん、右手は小室さんがそれぞれギュッと握っていた。


 体温は感じなかったが、二人の不安は伝わった。


 ……そうだ。これでこの状況の鍵である人物……根源は理解できた。


 問題はこれからどうするか……そして、そのどうするかを俺が握っているのだということを強く認識した。

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