狂った世界へ 4
俺と紫藤さんは川本に刀をつきつけられながら薄暗い廊下を歩く。
相変らず俺達以外に生徒はいないのかと思えるくらいに静寂が校舎を包んでおり、不気味な感じだった。
「あ……えっと、その……もう逃げたりしないから、刀を下げてくれないかな?」
俺が笑顔を作りながらそう言っても、川本は表情を一切変えず刀を突きつけてくる。
どうやら取り付くシマもないようである。
「……赤井。無駄だ。コイツは話が通用するようなヤツじゃねぇよ」
紫藤さんが小さな声で俺にそうささやく。
「あ……そう……みたいだね」
「……それより、どうすんだよ。俺達、分断されちまった……あの平野っていう医者の言うことも気になるし……」
俺も同じ気持だった。実際、この学園は狂っているが、あの平野先生の言っていたことは気になる。
ワクチンの存在……そういえば、平野先生は生徒会の奴等にも話したと言っていたが……
「あ……えっと、川本さん。川本さんは……そのままでいいの?」
俺がそう訊くと、今まで無表情だった川本さんの顔がピクリと動いた。
「……どういう意味だ?」
「え……いや、その……ゾンビ病を治したいと思わないのかなぁ、って」
俺がそう言うと川本さんは、なぜかおかしなものを見るかのような目で俺を見る。
「ふっ……そうか。人間である貴様には、私が病気に見えるのか」
「え……だ、だって……」
「馬鹿め。いいか? これは進化だ。私は会長閣下を守る刀として、進化したのだ。くだらない人間社会の掟を破り、閣下は新しい社会を創造した……私は閣下の刀として、この学園を守るだけだ。わかったら、とっとと歩け」
そういってまたしても川本は俺に刀を突きつけてきた。俺は紫藤さんに目配せする。紫藤さんも悲しそうに頷いた。
そして、階段を降りてしばらく歩くと、1つの教室に着いた。
「お前らジャージ組の部屋だ。中にいる奴等とも仲良くしろよ」
俺達が連れて来られたのは「職員室」と表札がかかった部屋だった。
俺は扉をあけ、中へと進む。
「あ……来たのね。ようこそ♪」
と、扉の先に待っていたのは予想外の光景だった。ジャージを着た女性が俺と紫藤さんを見てニッコリと微笑んでいたのである。
年齢は……おそらく宮本さんと同じくらいだろう。若い女の人……肩まで伸ばした髪とトロンとした目つきは未だにあどけなさを残している。
「え……えっと……え?」
俺は思わず川本にキョトンとした顔を向ける。
「ああ。ジャージ組の顧問の椿先生だ。お前たちもせいぜい先生の言うことを聞いて生き延びられるように頑張れよ」
そういって川本は扉を閉めた。
「ようこそ♪ 新入生よね? 私は椿ツボミ。この学校の教師よ。椿先生って気軽に呼んでね」
ニッコリと優しく微笑むジャージの椿先生。しかし、椿先生の周りで座り込む生徒達は絶望した表情で俺達を見ていた。
「さぁ……大変だな。これから」
紫藤さんが心底辛そうにそう言って、俺もそれにまったく同意したのだった。




