5
人混みの中から叫び声が聞こえた。
ざあっと人垣ができて、その真ん中を千鳥の方へ近づいてくる人影。
優也?
「千鳥、逃げろ」
優也の胸の辺りがどす黒く染まっている。ーー血?怪我をしているの?
人混みのざわめきが、急に遠くなる。
千鳥の視界には、もう優也しか映っていなかった。
「千鳥……」
名前を呼ぶ声が、かすれる。
胸元のどす黒い染みは、じわじわと広がっている。
血の匂いが、風に乗って届いた。
「逃げろって……どういう……」
言い終わる前に、千鳥は感じた。
背中に突き刺さる視線。
――見られている。
優也の肩越し。
人垣の隙間に、立ち止まったまま動かない影があった。
周囲は騒がしいのに、
その人物だけが、異様なほど静かだ。
目が合う。
瞬間、千鳥の全身が粟立った。
理由はわからない。
でもはっきりとわかる。
――この人、私を見ている。
――優也じゃない。
――逃げなきゃいけない。
優也が、最後の力で腕を伸ばす。
「……来るな……そいつは……」
影が、一歩、前に出た。
世界が、きしむ。
あの感覚。
胸の奥が、ひらりと光る。
(また……分岐点……?)
千鳥は歯を食いしばる。
逃げる?
それとも――確かめる?




