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夕方のシフトは、いつも同じ時間帯に混む。
千鳥はレジに立ちながら、機械的に袋詰めをしていた。
「ありがとうございましたー」
声だけが、体から少し遅れて出ていく。
考え事をしているときの癖だった。
次の客。
次の客。
そして、その次。
ふと――
見覚えのある横顔が、視界の端をよぎった。
(……え?)
一瞬だった。
背の高さ。
歩き方。
肩の力の抜け具合。
千鳥の指が止まる。
(今の……)
振り向いたときには、もう人混みに紛れていた。
気のせいだ、と言い聞かせるには、胸の奥がざわつきすぎている。
(似てただけ。
世の中、似た人なんていくらでもいる)
そう。
それは分かっている。
けれど――
思い出してしまった。
小学生の頃。
帰り道が同じだった、幼馴染。
山田優也。
特別に仲が良かったわけじゃない。
でも、気づけばいつも近くにいた。
雨の日、傘を忘れた千鳥に、
「どうせ俺も濡れるし」
そう言って、平然と半分貸してきた。
中学のとき、
進路の話をしていたときも、
優也は曖昧に笑って言った。
「まあ、なんとかなるでしょ」
その言い方が、なぜか腹立たしくて。
でも同時に、少し羨ましかった。
(私は、なんともならなかったな)
高校を卒業してから、
連絡は自然に途切れた。
喧嘩したわけでもない。
ただ、それぞれの生活が始まっただけ。
それなのに。
さっきの横顔が、
記憶の中の優也と、
不思議なくらい重なった。
千鳥はレジ下のカウンターに手をつき、
小さく息を吐いた。
「……疲れてるな、私」
そう呟いた声は、
自分でも驚くほど弱かった。
その日の帰り道。
信号待ちの交差点で、
千鳥は無意識に人の流れを目で追っていた。
もう一度、
あの横顔を探すように。
もちろん、いない。
幼馴染は過去にしか存在しない。
そういうものだ。
――なのに。
胸の奥で、
何かが「違う」と囁いていた。




