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毎日、アルバイトだった。
朝のシフトに入って、昼に抜けて、夕方には別の店へ向かう。
生活はつながっているけれど、未来まではつながっていない気がした。
千鳥はレジの前に立ちながら、ぼんやり考える。
(私、なんでこんなところにいるんだろ)
学生の頃、特別に成績が悪かったわけじゃない。
努力が嫌いだったわけでもない。
ただ、決めきれなかった。
進学も、夢も、覚悟も。
「もっと勉強して、大学に行けばよかったな」
声に出すと、負けみたいで、いつも心の中で言うだけだった。
同年代らしい客が、スマホ片手に会計を済ませていく。
スーツ姿。
社員証。
聞き慣れない専門用語の会話。
そのたび、胸の奥が少しだけざらつく。
(あっちの世界があったんだよね。
私が選ばなかった方の)
選ばなかった、というより――
選べなかった、のかもしれない。
休憩室で飲む安いコーヒーは、いつも同じ味だった。
カレンダーを見る。
今日が何曜日か、一瞬わからなくなる。
日々は流れている。
でも、自分がどこに向かっているのかは、わからない。
そのとき、ふと――
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
理由はない。
思い出した記憶もない。
ただ、「何か大事なものを落とした気がする」感覚。
千鳥は胸元を押さえる。
もちろん、何もない。
「……気のせいか」
そう言って、またレジに戻る。
日常は、ちゃんと続いている。
それなのに。
(もし、あの日。
もし、あのとき。
違う選択をしていたら――)
考えかけて、千鳥は首を振った。
そんなことを考えても、仕方がない。
仕方がない、はずだった。
けれどその夜、
千鳥は夢を見る。
空が、やけに近い夢を。




