37話 このキャピキャピした感じ
「2人だぞ! 財務官からあずかった荷運びが2人も死に、4人もケガをしたんだ! 大損害だ!」
キーキーと騒ぐ塩商人の若造を眺め、一番年嵩の用心棒は小さくため息をついた。
死んだのは6人、負傷は7人である。
だが、半官半商の塩商人には冒険者の犠牲などは計算の内に入らないようだ。
冒険者は死に損が不文律である。
財務官への補償が必要な人足の方が命の値段が高いのだ。
「小規模とはいえ、封鎖して暴走が起きたんだ。半数が死傷した今、計画はおじゃんだろう。撤収の準備をするべきだな」
「バカを言うな、俺を殺す気か? これは財務官からの仕事なんだぞ!」
塩商人はヒステリックに騒ぎ、忠告した用心棒を口汚く罵っている。
正直これにはうんざりだ。
彼ら専売の塩を扱う商人は半ば役人として領主に仕える身分だ。
塩の流れをコントロールし、領主の治世を助け、それによって利益を得ていた存在である。
領主と利益を分け合う手固い商売だ。
だが、このダンジョンから塩が産出したことで風向きが変わる。
冒険者が塩を持ち帰り、買い値をケチる塩商人らを通さずに塩を売るものが現れたのだ。
これを領主が見逃すはずがない。
塩を扱う商家は数家ある。
財務官と様々な駆け引きの結果、この若いのが開拓村で産出した塩を抑える役割を担ったわけだが……僅かな抜け荷も許さぬと冒険者を大量に用意してダンジョンを封鎖したのだ。
そして、ダンジョンを封鎖した翌日に暴走で死傷者を大量に出す結果となった。
(ここで退くなら見込みはあるがな。心中はゴメンだぜ)
用心棒は心の中で『この仕事で終いにするか』と塩商人を見限った。
本当はすぐにでも去りたいところだが、あまり不義理なことをしては分析に反映されてしまう。
一種の傭兵である用心棒は信用が大切なのだ。
「大きな声を出しても現状は変わらねえよ!」
「テメエをダンジョンに放り込んでやろうか!」
周囲で仲間がヤジを飛ばすが「やめねえか」と用心棒はこれを制した。
雇い主への忠誠心からではなく、単純にうるさかったためだ。
「……塩は集めろ。冒険者を追い返さず、ここで買い取れば人手は足りる。出入りは許可して持ち出しを厳しく検める」
「まあ、回復の泉はあるからな。負傷者はそれでいいだろう。だが、ゆるめても封鎖を続けるなら暴走は防げねえかもな」
ダンジョンに対し、封鎖や破壊に及べば暴走するのはよく知られている。
その頻度はダンジョンによってマチマチだが、ここは相当気難しい部類だろう。
なにせ一晩で暴走したのだ。
「買い占めるならケチらず開拓村で店を構えてりゃ良かったのさ。粋がってダンジョンに乗り出すから火傷をしたんだ」
「いい加減なこった。いまさら冒険者から買い取るなら、昨日追い払った意味が分からねえよ」
もはや雇われ続ける意志のない仲間たちが、わざと聞こえるように嫌味を言っている。
だが、用心棒もそれを止めるつもりはない。
冒険者の仕事は自己責任。
ならば仕事を選ぶ自由くらいはあるべきなのだ。
塩商人は忌々しげに「塩を集めてくれ」と吐き捨て、崩れた陣幕に向かった。
用心棒は「やれやれ」と肩をすくめ、人足たちに塩を集めるように指示をする。
「おい、オメェらは死体を集めろ。放っておくと病気が起きるぞ」
傭兵の経験がある用心棒は、経験則として駐屯地の側に死体を放置してはいけないことを知っていた。
(しかし……なんだあれは)
用心棒が集められた肉塊を見て戦慄する。
貧相な村娘をからかっていた連中だ。
泥と混じり、どこからどこまで肉片なのか判然としない汚物である。
装備の痕跡がなければ冒険者の死骸と気づかなかったかもしれない。
ゴーレムに踏みにじられればあんな形状になるのだろうか。
(悪くない稼ぎの仕事だったが、これ以上は無理だな)
用心棒はため息をつき、都市を移る算段をつけ始めた。
◆
「でも抱きしめるのは変っす! リリーさんもそう思うっすよね!?」
「いや、だからな……やましい気持ちじゃなくて」
朝礼が終わってもタックはギャアギャアわめいている。
リリーもジト目になってるし、俺を社会的に殺しに来るのはやめてほしい。
「まあ、事情は理解しましたが、職場で誤解を生むような真似はひかえていただく必要はあります」
「……ごめんなさい、私もちょっとビックリしたんです」
リリーの言葉にアンがシュンとしてしまった。
なんか悪いことをした気分になってくる。
「いいんですよ、アンが驚いてしまうのは無理もないわ」
「いやいや、俺も驚いたんだって」
リリーは俺を責めるような口ぶりだが、その口元は薄く笑っている。
どうやら冗談のようだ。
俺が気づいたのを察したか、リリーがクスリと上品に笑った。
「ふふ、エドがそんな人じゃないのは知ってますけどね」
「さすがリリーさんっす! 余裕の貫禄っすね!」
リリーの言葉をなぜかタックが喜び、アンも「大人ですー」と照れている。
よく分からんが、この会話も終わりでいいだろうか。
このキャピキャピした感じ、わりとツラいのだが。
「それでどうするよ? 撃退するにしても色々あんだろ」
俺を気づかったのか、ゴルンが話題を変えてくれた。
「簡単だ。ひきつけて、本陣を叩く。よくある手だ」
俺はリリーに「モンスターと宝箱を全部引き上げろ」と指示した。
リリーは驚いたようだが、スローターフィッシュ以外のモンスターをゴーレム部屋に集める。
「リポップモンスターを溜めておき、敵の戦力が奥に来たときに入口で放流する。中に入ったヤツらは俺とゴルンで片づけよう」
「ふむ、分断して討つか。ほぼ無制限に転移が使えるダンジョンの戦い方かもな」
そう、ダンジョン内で戦うことができれば圧倒的な地の利がこちらにはある。
敵の動きは筒抜け、逆にこちらは余剰戦力を適宜投入できるのだ。
「皆殺しにする必要はないけどな。このダンジョンは占有したら厄介だと思わせるくらいにはダメージを与える必要がある。何度も来られちゃ面倒くさくてかなわないよ」
俺がぼやくと、ゴルンが「ちげえねえ」と凄みのある笑みを見せた。
「ちょっとモンスター全部を収容するとゴーレム部屋ではスペースが足りません。カモノハシ、バンシー、スライム、ゴーレム、ガーゴイルを収容しました」
「了解だ。モンスター同士でケンカをするかもしれんが、少し我慢してもらおう。リリーはそのままモニターの監視を頼む」
リリーは作戦の意図をよく理解して、強いモンスターを優先的に回収したようだ。
なんだかんだで頼りになるのはリリーである。
「モンスターたちはケンカしないように私がお世話します」
「よし、それは任せた。エサをあげてもいいが十分気をつけるように」
アンが「はいっ」と嬉しそうに笑う。
彼女は本当に働き者だ。
「タックは手が足りてないとこを手伝ってくれ。レオはお疲れさん。しばらく休んでくれ」
タックは「了解っす!」と元気で下手な敬礼をし、レオは無言でソファーに向かう。
ゴルンは何も言わずとも、すでに装備を準備するためロッカーに向かったようだ。
俺も鎧を着込んでマントをはおる。
こちらの迎撃準備は完了、あとはタイミングを見て仕掛けるのみだ。




