79.サーシャの父
《ファレス》領内にある《カルヴェール》の村に領主邸はある。領主の多くは人口の多い町に屋敷を持つが、クルトン家は静かでのどか、と言える場所に構えていた。
サーシャは馬車から降り立つと、やはり懐かしい雰囲気を感じた。
村は特に変わっておらず、遠くに何名か人陰が確認できる程度だ。そんな中、遠くから駆けてくる者が一人見えた。
「あれは……」
サーシャの目には、すでにその近づいてくる人物が何者か確認できている。
アウロほどではないが、筋肉質な身体つきをしていて、立派な髭を貯えている。黒を基調としたタキシード風の服装に身を包んだ男――サーシャの父であるゴルバ・クルトンだ。
「おおおおおおおおおっ! サーシャよぉおおおおお!」
勢いのままに、ゴルダがサーシャの下へと駆け付け、そのまま身体を抱きかかえた。
「はっはーっ! 元気にしていたか、サーシャよ!?」
「と、父様っ、ちょ、苦しいですって……!」
「おお、すまない……! あまりに久しぶり過ぎて勢いのままに抱き着いてしまった!」
ゴルバはそう言うと、サーシャのことをゆっくりと下ろす。半年ぶりだが、相変わらず元気そうだった。
「さて、サーシャとの感動の再会に浸りたいところだが……彼とも挨拶をしないとな」
ゴルバはそう言うと、後ろに控えていたもう一人の大男――アウロへと視線を向ける。
サーシャもアウロの方に視線を向けると、腕を組んだまま馬車に寄り掛かり、目を瞑っていた。家族水入らずの状況を邪魔するつもりはない、とでも言いたげだ。
「……俺との話は後でも構わないが」
「そういうわけにもいくまい。君を呼んだのはこの私だ。実際に会うのは初めてだな。アウロ・ヘリオン騎士団長――噂に違わぬ大男よ」
「あんたも相当デカいように見えるが」
「はっはっ! 私も日頃から鍛えているが、最近歳のせいかガタがきていてね。さて、改めて――今日は来てくれてありがとう」
ゴルバが手を差し出すと、アウロもそれに応えるように近づき、握手を交わす。
「これが俺の仕事だからな。だが、さっきも言ったように仕事の話は後でも構わない」
「いや、私もここの領主として――仕事は優先せねばならないのでな。娘との感動の再会はすでにさせてもらった。話はまた後でゆっくりするとしよう」
ゴルバの視線を受けて、サーシャも頷く。別に半年ぶりに帰ってきただけだから、積もる話があるというわけではない。
むしろ、ゴルバがアウロに依頼しようとしている仕事の方が気になっていた。
相変わらず、アウロは馬車の中では詳しい話をしようとはしない。
今回はさらに、サーシャを故郷でゆっくりとさせよう、という目的があるからか、余計に仕事の話をしようとはしなかった。
(良くも悪くも、私に気を使ってるんだよね)
その事実に、サーシャは小さくため息を吐く。
アウロの気遣いはありがたいし、そういうこと考えてくれるのはアウロが成長していると感じる部分だが――サーシャとしては、仕事の面で頼ってほしい、という部分もある。
そんな複雑な心境のまま、サーシャの里帰りが始まった。




