77.心配する気持ち
――それから数日後、多くの動物を閉じ込めていた倉庫の管理者が摘発されることになった。
王国内で集めた動物を不正に国外へ売り捌こうとしていたらしい。
どれも盗みで手に入れた動物達で、中には希少な動物もいたという。
「そういうところに目をつける組織もあるんですね……」
騎士団長室にて、話を聞いたサーシャはそう口にする。
あれから結局、サーシャはアウロのところへ戻ったが、「休みなんだから帰れ」と念押しされて帰ることになった。
話の詳細もよく聞けないままに、ようやく《第一騎士団》からの報告を受けて、アウロから話を聞くことができたのだ。
「目ざとい奴らはどこにでもいるもんだ。盗みで商売を成り立たせようとしている奴がな」
「……人のペットまで盗むなんて、許せないです」
「言いたいことは分かるがな。だが、お前も無茶をしたことは反省しろ」
「うぐっ、すみません……」
アウロに言われて、サーシャは素直に謝罪する。
……仕事外の時間だったとはいえ、サーシャも猫探しの途中で倉庫周辺の異変に気付いていた。
つまり、その時点で一度戻って報告ができていれば……サーシャもあそこまで危険な事態には陥らなかった可能性がある、ということだ。
その点については、サーシャも非を認めざるを得ない。
あくまで、無理をしてでもサーシャが約束を果たそうとした結果なのだから。
「まあ、今回は大目に見てやるさ。結果的にはお前のおかげで、多くの動物達が飼い主の下へ返された。それに、《第三騎士団》の奴らにも恩を売れたようだからな」
「……第三騎士団?」
「ああ、奴らも今回の件について調査していたらしい。『国外への密売ルート』が見つけられたって話だ。第三騎士団から礼の連絡を受けた」
「そうなんですね。でも、第三騎士団の人ってほとんど見たことないような……?」
「奴らが武器としているのは『情報』だ。普段は別の騎士団に扮していたり、あるいは本部の騎士として勤めていたりする場合が多い。あるいは、直接国外で仕事をしている場合もあるか。まあ、『正体を隠す』のが基本のような奴らだ。仮に会っても信用はするな」
「信用はするなって……同じ騎士ですよね?」
「騎士でも人それぞれだろうが」
「それをアウロさんが言いますか……。まあ、会う機会は無いと思いますけど、記憶の片隅くらいにはおいておきます」
「そうしろ。それから、経理課に今回の『倉庫破壊』の件、書類の提出をしてきてくれ」
「え、ま、また私ですか……?」
「またじゃねえ。それがお前の仕事だ。それに、今回はお前も関わってることだろうが。きちんと説明もできるだろ」
アウロの言葉に、サーシャの表情は曇る。
経理課と言えば――担当窓口は《氷の魔女》と呼ばれる女性だ。
その視線だけで人を殺す……サーシャも、何度か仕事で会っているが、慣れることは全くない。
それでも、アウロの補佐官である以上は仕事としてやらなければならない。
何より、今回の件はサーシャも大きく関わっていることだった。
「……分かりました。報告してきます」
「おう、それが終わったら仕事に行くぞ」
サーシャはくるりと反転して、部屋を後にしようとする。
だが、その前にもう一つ――伝え忘れていたことがあったことを思い出す。
「そうだ、アウロさん」
「なんだ」
「今回は……ありがとうございましたっ」
そう一言だけ伝えて、すぐに部屋を後にする。
――素直に感謝の言葉を、伝えることもできた。
けれど、アウロからの返事を聞くのは少し恥ずかしかったので、聞かずにそそくさと廊下を歩く。
書類を確認しながら、サーシャは経理課の方へと足を運ぶ。
受付には、いつもの通りフィーリア・クルツが窓口にいた。
ちらりと、視線を向けてくる彼女の視線は相変わらず刺さるようだ。
(うぐっ、で、でも、大丈夫。書類の中身は確認したし……)
今回は『俺』などと書類に書いてあったりはしなかった。
真っ当に提出できる内容であったし、決して無理のある金額ではない。
サーシャは受付の前に立って書類を出すと、
「お願いします」
気合に満ちた表情でフィーリアに書類を渡す。
フィーリアは表情一つ変えないままに、サーシャの出した書類を受け取ると、
「確認しますので、しばらくお待ちください」
淡々とした口調で言う。
――書類確認中の沈黙。思わず、サーシャは息を飲む。
その鋭い視線が、書類の内容をすらすらと読んでいるのが分かる。
「倉庫破壊の補填、ですか」
「は、はい。今回の仕事で一部、壊れてしまったところがあり――」
「何故、地面を抉るような事態になるのですか?」
「えっ、それは……」
サーシャは考えながら、視線を泳がせる。
確かに倉庫破壊の説明の中に、『地面を抉って地下の壁を破壊した』という事実に記載はあったが、事実は事実なのでサーシャは特に気にしなかった。
……目の前で起きた事象なので、サーシャ自身は気にしなかったのだ。
だが、報告を受ける側のフィーリアからすれば、その項目に目が止まるのは至極当たり前のことである。
サーシャが言い淀み、視線を受付のテーブルの端に移したところで、
(……あれ?)
ある『ぬいぐるみ』の存在に気付いた。
「……? どうかしましたか?」
「あ、いえ……《グランドパンダ》が……」
「! 今はそのような話が関係ありますか?」
「す、すみません!」
一層鋭くなったフィーリアの視線と言葉に、サーシャは思わず身を震わせる。
だが、フィーリアが小さく嘆息をすると、書類をそのままテーブルの上に置く。
「……書類の内容については、後程精査して問題がなければ通します。それでは、お疲れ様でした」
「え、いいんですか?」
「まだ何か?」
「な、何でもないですっ」
サーシャは思った以上に早く終わった『フィーリアからの指摘』に内心ガッツポーズをしながら、先日のことを思い出していた。
(フィルさん、元気かな……?)
今回の出来事で協力をしてくれた女性、フィル。
初めての出会いは雑貨屋で丁度、あのぬいぐるみを手にしたところから始まっている。
サーシャと同じ趣味だった上に、『ぼっち』というところも共通していた。
……そういう意味では、きっと友達になれるのではないか、そう考えていたのだ。
(フィーリアさんも、同じ趣味……とか? ううん、他の人が置いただけかな)
さすがに、あれだけ冷徹な視線を向けられる女性の趣味が、ぬいぐるみ集めとも思えない。
サーシャは少しだけ『期待』した気持ちを消すようにして、アウロの下へと戻っていった。
***
「ありがとうございました、か」
サーシャが部屋を出て行ってすぐに、アウロはポツリとその言葉を繰り返す。
感謝の言葉を、自分に言っていただけだ――けれど、アウロは思わずフッと笑みを浮かべる。
「なんだろうな。少しは素直になった……ってところか」
サーシャを団長補佐官に指名したのはアウロだ。
それは、彼女が優秀だから……それだけではない。
サーシャを選んだのは、彼女がかつての『親友』と同じ立場のようになるように感じたからだ。アウロが友と飲み交わした場所にやってきたサーシャは――フォル・ボルドーに並ぶ実力者になり得る、と。
そう、アウロは聞いていた。
以前、合図に使った魔法もそうだ。アウロはその合図が何を示すのか……すぐに理解できた。
どうしてサーシャがそれを合図に使ったのか、アウロにはまだ理解できない。理解はできないが……似ても似つかぬ彼女に対し、アウロはかつての親友の面影を見る。性別も性格も、ありとあらゆるものが違う彼女に、だ。
「それと、危なっかしいのはお前には似てねえな」
誰よりも頼れる男――それが、アウロの親友であるフォルという男であった。
その男のように……そうはなれないが、アウロは王国において《最強》と呼ばれる立場にまでなった。
「そんな立場に拘るつもりはない、が」
アウロは正直に言えば、今回の件はかなり安堵していた。
何せ、到着するのが少し遅れていれば――サーシャはもっと危険な目に遭っていたかもしれないのだから。
「放っておくと危険なことばかりするのは、お前と似てるかもしれねえな」
ふぅ、と小さくため息をついて、アウロは窓の外に視線を送る。
もう少しばかり釘を刺しておくか、と――そんなことを考えながら、サーシャが戻るのを待つ。
――この後、戻ってきたサーシャが経理課で怒られなかったことに関してご機嫌であったために、アウロは何も言わずに仕事を始めるのであった。
これで第二部は終わりです!
第三部はサーシャちゃんが引き取られたクルトン家のお話……すなわち、親の話にしようと思います。
引き続き宜しくお願いいたします!




