74.最強の男
サーシャは、目の前の光景にただ驚いていた。
気付けば王国最強の《戦神》と呼ばれ、多くの者達から畏怖の対象となっている男――アウロ・ヘリオン。
それでも、サーシャは彼のことをよく知っているつもりでいた。
久しぶりに会ったアウロは、まだフォルの死を引きずっていて――けれど、騎士団長を務めるほどの存在になっていた。
暗闇の中でも感覚で突き進んだり、自分の身体よりも大きな《魔物》を持ち上げたり、今のように――地下に作られたこの部屋の壁を、地面ごと抉るようにして入ってきたり。
サーシャが危機を救われるのは、これで二度目だろうか。
クリンが、アウロのことを連れてきてくれたのだ。
「わうっ!」
「クリン! 私、逃げなさいって言っただけなのに……」
「お前によく懐いてる証拠だな。《一角狼》はやはり賢いらしい。道順もほぼ最短だ――まあ、ちと無理はしたがな」
「無理って――!」
見れば、アウロの身体はあちこち汚れているように見える。
クリンも同じように、身体が汚れている。
小さなクリンが通る最短距離を、アウロもまた駆けてきたということか。
「また無茶なことを……」
「無理をした、と言ったろ。お前も、随分と無茶してるみたいじゃねえか」
「そ、それは……」
「とりあえず、だ。後ろ向け」
言われるがままに、サーシャは後ろを向く。
「動くなよ」
「へ――」
言うが早いか、サーシャの返答を待つ前に、『力技』でサーシャの枷を破壊する。
金属でできた枷を素手で破壊するあたり、やはり常識外れという言葉が一番似合うだろう。
「か、鍵ならさっき倒した男の人がたぶん持っていましたよ?」
「そうなのか。じゃあ、向こうの小娘の枷はその鍵で外してやれ。ところで、この動物の鳴き声は何なんだ?」
「えっと、何から話せばいいのか……」
「時間がかかるならいい。最初に言った通り、ここにいる奴らをとっ捕まえればいいだけの話だな」
アウロがそう言うと、身の丈程の大きな剣を握り締めて、構える。
先ほどアウロが壁を破壊して入ってきた音を聞きつけてか、こちらに近づく足音がいくつか聞こえてくる。
アウロが迷うことなく剣を大きく振りかぶると、
「先手必勝だな」
「ちょ、まさか……!?」
ぶんっ、と鈍い音が響く。
目の前にあった扉と壁を粉砕して、アウロの大剣が振るわれた。
まるでそこに何もなかったかのように勢いは止まることなく、軽々と壊していく。
その破片が廊下の外に飛び散り、近づいてきた者達に直撃した。サーシャの耳に届いたのは、鈍い音と数人の男の呻き声。
アウロがここに到着した時点で、すでに形勢は逆転していた。
(何でこの人は、こんな常識外れな……)
もうすでにアウロと何度か仕事をこなして、一緒に過ごしているというのに――それでも彼には驚かされる。
瓦礫を踏み締めて、アウロが部屋を出て行く。
アウロならば、問題なくここにいる者達を制圧することができるだろう。
瓦礫に埋もれてしまった男の懐から鍵を取り出し、サーシャはようやくフィルの下へと駆け付ける。
「サ、サーシャさん。だ、大丈夫でしたか?」
「私は大丈夫です。今、外しますから」
フィルは怯えた様子であったが、それでもサーシャのことを心配するように声をかけてくれる。
今の状況でフィルが怯えている理由は、どちらにあるのかは分からない。
何せ、先ほどまでサーシャとフィルを捕らえていた者達は、これからこの国で最も強い男と戦うことになるのだから。
その男の強さの片鱗を見せられて、フィルが怯えていたとしてもおかしくはない。
「アウロさんなら、大丈夫ですから。強面ですけど、あれでも騎士団長ですし」
「き、騎士団長に怯えているわけじゃない、ですっ。いえ、こ、怖いと言えば怖いですけれど……」
本音を吐露するフィルに、サーシャは思わず苦笑いを浮かべる。
確かに、初めてその力を目の当たりにすれば――ほとんどの人間は畏怖するだろう。
サーシャも、フォルの記憶がなければアウロの戦う姿に怯えていたかもしれない。
だが、今のサーシャはアウロの姿に怯えることはない。むしろ、サーシャの危機に駆け付けてくれる姿は、どこか安心感すら抱いてしまう。
(まあ、今回はクリンのおかげだよね――って)
「あれ、クリン……?」
サーシャはきょろきょろと周囲を確認する。
クリンの姿はそこにはない――思えば、アウロの背中にずっと乗ったままだったことを思い出す。
「ちょ、アウロさん! クリンを乗せたままなのは危ないですからっ!」
ようやくその事実に気付いて、サーシャは駆け出す。
すでに迷うことなく建物の内部を突き進んでいたアウロの背中を、追いかけるのだった。
三度目の正直ということで、OVL大賞の女性向け部門に出してみることにしました。
ちなみにこの作品は女性向け……ということでよかったですよね???




