72.やってきたクリン
騎士団本部では、定期的に《団長会議》が開かれている。
第一から第三まで存在する騎士団の団長が集まり、定例の報告会を実施しているのだ。
議題には近々で問題となっていることから、長期的に解決すべき事案まで様々に取り上げられる。
――そんな会議を終えて、アウロ・ヘリオンは部屋を後にする。
アウロはまだ、この団長会議にサーシャを連れて来たことはない。若くして優秀な補佐官ではあるが、この国が多く抱える問題について知るにはまだ若いとアウロが判断したからだ。
「今日も補佐官は連れていないのだな。アウロ・ヘリオン」
「お前から声をかけてくるのは珍しいな」
アウロは振り返り、その人物を見る。
大きな笠を被り、布で顔の周囲は覆っている。全体的にサイズの大きな服を着たその人は、声まで反響するようで、性別も判断できない。――《第三騎士団》の団長、ロア・ヴァーンズ。
王国の情報部を統括する身であり、この国のことを全て知り尽くしていると評される人物だ。
ロアが第三騎士団の団長となってから、すでに十数年という時が経過している。
素顔を知る者はほとんどおらず、第二騎士団の団長であるアウロもまた、ロアがどんな人物であるかは知らない。
「フフフ、たまにはそういう気分にもなるさ。あなたが補佐官を選んだと聞いて、いずれは会う機会もあると思っていたのだが……中々連れてこないものなのでな。少し気になった」
「情報部ならとっくに知ってるんじゃないのか? サーシャ・クルトン――まだまだ小娘さ」
「名前、容姿、年齢、身体的情報や交流関係――全て把握はしている。それは情報部を統括する身としては『当然』であるが、人間性を知るには実際に会うまでは分かるまい?」
「要するに、サーシャと話がしたいってことか?」
「然り」
アウロの言葉に、礼をするような仕草でロアが頷く。……情報部としては、特に団長の補佐官の人物の情報が少ないことには納得できないものがあるのかもしれない。
確かに、いずれはサーシャも連れてくることにはなるだろうが。
「お前も補佐官を連れてないだろうに」
「必要があれば連れて来るとも」
「なら、それは俺も同じことだ。必要があれば連れてくる」
「……なるほど、理解した。それならば、期待しよう」
大仰な動きをしながら、ロアが背を向けてアウロの前から去っていく。
そんな彼の下へと、一羽のカラスが舞い降りていくのが見えた。
(……諜報用に育成した魔物か。何か仕事か――まあいい)
アウロもまた、ロアとは別の方角へと歩き出す。団長室へと戻って、仕事の続きをするつもりであった。
サーシャがいる時は、書類の整理はほとんどサーシャに任せている。
だが、今日はサーシャが休みだ。
そういう時は、アウロが書類の整理を行うこともある。
「――」
「……ん?」
団長室へ戻る途中、ピタリとアウロは動きを止める。どこからか、奇妙な声が聞こえたような気がした。すれ違う騎士達は特に気にするような仕草を見せていない。
気のせいか……そう思いながら、アウロは再び歩き出すと、
「わうっ」
今度は確実に、鳴き声がアウロの耳に届く。
視線を下に下ろすと、そこに声の主はいた。
「! お前……」
騎士団本部の廊下に、小さな《一角狼》であるクリンの姿があった。
クリンがアウロのことを見つけるなり、早々にアウロの足元へと駆け寄り――アウロのブーツを噛むような仕草を見せる。
アウロからすれば、クリンがじゃれてきているようにしか見えない。
だが、不意に騎士団の本部へとクリンが姿を現して、アウロにそのようなことをするはずもないだろう。
「何だ、どうした?」
「わう!」
パタパタと地面を走り、まるでどこかに連れていこうとしているような仕草を見せるクリン。
アウロはしゃがみ込み、何かを訴えようとしているクリンを見る。
そして、ひょいっと軽くクリンを持ち上げた。
「……サーシャか?」
「わうっ」
――クリンの動きを見ただけだが、最初にアウロから出たのは少女の名前であった。
クリンがそれに呼応するように答える。……状況は分からないが、何か理由があってクリンはここにやってきたのだろう。
そして、それはここにはいないサーシャに関わること――アウロの判断は早かった。
「何か分からんが……案内はできるんだな?」
「わうっ!」
クリンが大きな鳴き声で返事をする。アウロはそれを聞いて頷くと、クリンを床に放した。すぐに、クリンが勢いよく駆け出していく。
クリンもまだ小さいとはいえ、一角狼だ。その動きは機敏だと言える。
そんなクリンの姿を見失わないようにと、後を追うようにしてアウロは走り出した。




