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70.管理する者

 サーシャはフィルと共に、動物の鳴き声のする倉庫へとやってきた。そこは一種類だけではなく、何体もの動物の鳴き声が耳に届くほどだ。

 倉庫の中に住み着いている――そう考えるには、何やら様子がおかしい。


「倉庫の入り口はどこでしょうか……?」

「全部閉じているように見えますけど。フィルさん、向こうから回ってみてもらえますか? 私はこっちを見てみるので」

「わ、分かりました」


 サーシャとフィルは倉庫の周囲を手分けして探るように回る。

 倉庫は大型のもので、入口は人が出入りするところと、大きな積み荷などを搬入するための入り口などがあるのは、普通の倉庫と同じだ。

 けれど、どこも施錠されている――その点については、特に怪しいわけではない。

 怪しいのはやはり、中から聞こえてくる動物の鳴き声。ここの倉庫や周辺の倉庫は全て商人の組合によって管理されている――近くで暮らす人々でも、この辺りの動物の声は届かないだろう。


(さすがに入口を壊して入るのはまずいよね……)


 猫探しのために、犯罪者紛いのことをするのはさすがに無理がある。

 ただ、サーシャとしては動物の鳴き声のする倉庫というのがそもそも気掛かりであった。……そこに猫がいる可能性よりも、何か怪しげなことをしているのではないかと勘繰ってしまう。


(んー、考えすぎかな……? でも、倉庫からこんなに動物の鳴き声がするのは……まるで閉じ込めてるみたいだし――!)


 サーシャはピタリ、と足を止める。そのまま、周囲に視線を送る。

 後ろで結んだサーシャの髪が揺れた。……どこからか気配を感じる。

 倉庫の周辺を様子見していたサーシャのことを、誰かが見ているような感じだ。


(……警備の人かな?)


 門番に許可をもらってここに来ているが、サーシャははっきり言ってこの辺りでは目立つ存在だろう。それこそ、子供が遊びで倉庫街に侵入してきたと思われてもおかしくはないくらいだ。

 ……だが、どうにもそういうわけではないらしい。もしもサーシャのことを迷い込んだ子供だと勘違いしているのであれば、すぐにでも姿を現して話しかけてくるだろう。

 サーシャの方から動くべきか――そんな風に悩んでいると、


「おい、そこで何をしている?」


 タイミングよく、警備と思しき男がやってきた。腰に剣を下げて、サーシャを睨むようにしながら近づいてくる。屈強な身体つきをしていて、サーシャの前に立つだけでその体格差ははっきりとしている。

 サーシャは臆することなく、懐から腕章を取り出すと、


「すみません、ちょっと調査でここに入らせてもらっています。門番の方には許可をいただきました」


 そう言って見えるように差し出した。

 男はサーシャの腕章を確認すると、サーシャのことを見ながら小さくため息をつく。


「騎士……ねえ。とてもそうは見えねえな」

「むっ、ですが、それは騎士としての証明になります。騙ればそれだけでも罪になりますからね」

「確かにそうだな……。で、その騎士の嬢ちゃんはここで何を調査してるんだって?」

「行方不明の猫を探しています。倉庫街で見かけたという情報がありまして。そうしたら、この倉庫の中から動物の鳴き声が聞こえてきたので、中を見させてもらえないかと」

「中を? その猫がこの中にいるってか?」

「それは分かりませんが……倉庫街は確か『商品』として取り扱う物だけ置くルールのはずですよね?」

「ああ、ここで取り扱っているのはペットが中心だな。だが、きっちり中で管理もしてるし施錠もしてる。外から中に逃げ込んでる可能性はねえな」

「ですが、念のため確認させてもらいたいんです」

「しつこいな。どうしてもって言うなら倉庫の持ち主に許可を得てくれ。俺の一存では見せてやれねえよ」


 男の言うことは正しい。いくら騎士とはいえ、特に商人などの取り扱う商品を理由もなく検閲することはできない。

 もちろん、何か明確に確認するだけの理由があればいいのだが、ペットの猫がいなくなった程度では理由としては弱すぎるだろう。

 しかし、せっかく見つけた手掛かりはここくらいしかない――サーシャも食い下がる。


「あなたが管理を任されているのであれば、立ち合いの下の確認くらいはできるはずです」

「こっちは忙しいんだ。無駄な仕事を増やさないでもらいたいね」

「こちらも仕事で来ているんです。時間は取らせませんから」

「……ちっ、たかが猫が一匹いなくなった程度でよ」


 ボソッと呟くように男が言う。その言葉に、サーシャは眉を顰めた。

 すぐに、その言葉に反論するようにサーシャは言う。


「今の発言――とてもペットの管理を任されている方とは思えない発言ですね。本当にしっかりと管理しているんですか?」

「なにぃ?」


 男の表情が変わった。それは怒りも混じったものであったが、サーシャは冷静に言葉を続ける。


「あなたの管理責任について言及しているんです。本当に管理が行き届いているか、私の方で確認させていただく必要がありますね」

「言うこと欠いて俺の管理責任、だと? お前、喧嘩売ってんのか?」

「仕事の話をしているんです。あなたはここの管理の仕事を。私は猫探しをしていますが――騎士としてはっきりと言います。あなたの態度は目に余る――とても、ペットを管理していい人間ではないと言っているんです」

「てめえ――」


 男が懐に下げた剣に手を触れる。瞬間、それよりも早くサーシャは動いた。

 男に向かって魔法陣を展開して、ピタリとその動きを止める。


「この距離でも、私の方が早く動けます。今、私に対して攻撃をしようとしましたよね?」

「……っ」

「その行為自体も言及すべきところですが……今はいいです。中、見せてもらえますね?」


 サーシャは改めて問いかける。男の表情は怒りに満ちていたが、やがて大きく息を吐きだすと、剣から手を放した。


「中を見れたらいいんだな?」

「はい、あくまで私は猫を探しに来ただけですので」

「そうかい。それなら中は見せてやるよ。ただし――」


 ちらりとサーシャの後方に、男が視線を送る。

 男を警戒しつつ、サーシャが後方に目をやると、そこには別の男に捕まったフィルの姿があった。


「フィルさん……!?」

「うっ、ご、ごめんなさい……」

「全く、面倒事を増やしてくれたもんだな。とりあえず、お前も大人しくしてもらおうか」


 サーシャに対してそんな要求をする男――目の前にいる男を蹴散らすのは簡単だが、それではフィルが無事では済まないかもしれない。

 フィルを盾にするようにしている辺り、サーシャの魔法についても警戒しているのだろう。

 サーシャは脱力するように構えを解く――身体に走った衝撃と共に、サーシャはそのまま意識を手放した。

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