69.倉庫街
(さすがに猫の外見情報だけだと難しいかなぁ……)
サーシャはしばらく聞き込みを続けていたが、やはり有力な情報は得られなかった。
この付近で飼われていた猫だから、もちろん見たことはあるという情報はある。
けれど、その日に丁度どこかへ行くのを見た、というような情報はなかった。地道に探すと言っても、やはり情報が少なすぎる。
……こうなってくると、サーシャもいよいよ魔法に頼る他ないと思い始めてくる。
(私の負担とか気にしている場合じゃない、よね)
もちろん、サーシャが全力を出しても見つかると決まっているわけではない。
だが、このまま何もできずに終わるよりは、そう考えるようになっていた。
(フィルさんに聞いて何もなければ、試してみよう)
サーシャは一度、フィルとの合流地点へと向かうことにする。
先にフィルの方がサーシャを待っていた――サーシャの姿に気付くと、フィルが早足で駆け寄って来る。
「サ、サーシャさん! 情報、ありました!」
「! 本当ですか!?」
「は、はい。向こうの倉庫街の方で、見かけたって話です」
「倉庫街……」
確か、ここから南に向かった方に商人達が利用する倉庫が集まった場所がある。
そこを倉庫街と呼び、基本的には人の出入りは多くはない。
騎士の管轄ではないため、そこを警備しているのは雇われた人間達だ。
……人が少ないということを考えれば、路地裏の条件とも一致する。猫がそこに逃げていてもおかしくはないだろう。
サーシャの気持ちはすでに決まっていた。
「早速行ってみましょう!」
「は、はい」
サーシャとフィルは早足に、倉庫街の方へと向かう。
サーシャに連れられたままのクリンは、気付けば頭の上ですやすやと寝始めていた。
それを乗せたまま歩けるサーシャも中々に器用である。そんな二人の姿は少し目立つのか、すれ違う人々がちらりとサーシャ達を見ていた。
だが、サーシャはそんな視線も気にしない。
今は、倉庫街にいるかもしれない猫の方が重要だからだ。
倉庫街までは十分足らずで辿り着くことができる――その付近でも、すでに猫を目撃することができた。
「確かに、この辺りならいてもおかしくないですね……」
「は、はい。倉庫街に入るなら、入り口に門番がいるはずです」
「分かりました。そこでお願いしてみましょう」
サーシャとフィルは、倉庫街の入口へと向かう。
倉庫街は商人の組合によって作られた場所であり、そこの門番も商人に雇われた者達だ。
売り物を扱っているとだけあって、やはり門番も相当屈強な男達が警戒に当たっている。
そんな門番達の前に、サーシャは立った。
「あの、少しいいですか?」
「ああん? なんだ、小娘」
ぴくりと、サーシャの眉が動く。
すでに態度は悪かったが、それでもサーシャは下手な態度を崩すつもりはない。落ち着いた様子で、話を続ける。
「この中に飼い猫が逃げている可能性がありまして」
「飼い猫だぁ……? ああ、確かに猫の鳴き声が最近うるせえって話があったな。いや、猫どころか色んな動物の鳴き声がする倉庫があってよぉ」
「え、そうなんですか?」
「あぁ、まあ……ペットでも取り扱ってるんだろ」
「そ、そこに入れてほしいんです、けど」
「ああ?」
「ひっ!」
フィルが話に参加したかと思えば、すぐにサーシャの後ろに隠れてしまう。
臆病な性格のフィルでは、威圧的な男と話すのは難しいだろう。
……そういう意味では、サーシャはこういう手合いには慣れている。
慣れたくて慣れたわけではないが、少なくとも顔や体格だけならもっと強面な人をサーシャは知っている。
サーシャは、その人を怖いと思ったことなどないが。
「申し遅れましたが、私は《第二騎士団》の《騎士団長補佐官》を務めている、サーシャ・クルトンと申します。今は私服ですが、これでも騎士なんです」
「騎士だぁ……? はっ、おもしれえ冗談を言うガキだぜ。お前みたいな小娘が、騎士団長の補佐官だって?」
「その通りです。証明として腕章もありますが」
「……マジか」
腕章を見せる前に、男が目を細めて呟く。
サーシャの態度から、本当のことだと察したのだろう。
相手が騎士となれば……男の態度も変わってくる。
その猫を探しているのが、明確に騎士団の仕事としてやっていることになるのだから。
「協力、してくださいますね?」
「……一緒に探してくれとは言わないでくれよ。中に入るのはいい。誰かに出くわしたら面倒だからよ、その腕章は付けたままにしてくれよ」
「分かりました。ご協力感謝します」
サーシャはペコリと頭を下げて、フィルを連れて倉庫街へと入る。
倉庫街に入るとすぐに、眠っていたクリンが目を覚まして、
「わうっ!」
「あ、クリン!」
倉庫街を駆け出した。……クリンには、いなくなった猫の匂いがついた物を覚えさせている。ひょっとしたら、この中で見つけたのかもしれない。
サーシャとフィルは、すぐにクリンの後を追いかける。その先にあったものは――ペット用の餌を管理している倉庫だった。
サーシャは思わずその場でこけそうになる。
「このタイミングで食い意地張る……? 勝手に食べたら『めっ』だからね?」
「わう……」
「サ、サーシャさん、でも、この近くではないですか?」
「……? 何が――」
問いかけようとして、サーシャも気付く。――動物の鳴き声がよく聞こえる、倉庫の音が。
サーシャとフィルは視線を合わせると、頷いてすぐにそちらの方へと向かう。
ようやく、可能性のあるところまでやってくることができたのだ。




