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63.《戦神》の心

 アウロは一人、王都を見渡すことができる丘へとやってきていた。

 王都を出た後は、アウロはいつもここに寄ることにしている。……かつての親友と、よく飲み明かした場所だ。


(少し久しぶりの気もするな)


 サーシャがやってきてから、アウロはここを訪れる機会も少し減っていた。

 その前は、酒瓶を持って定期的に訪れていたのだが。

 今日は以前と同じように酒瓶を持って、アウロは王都の景色を静かに眺めて酒を煽る。

 夕暮れ時――オレンジ色に染まる町は、いつもと変わらぬ雰囲気があった。


「ふう……」


 一口飲んでから、アウロは小さくため息をつく。

 仕事を終えた後の酒はいつだって旨いものだ。

 ここでアウロはいつも、昔の出来事に思いを馳せる――けれど、今日はいつもと違っていた。


「二人で打ち上げる、か」


 ポツリとアウロはそんなことを呟く。

 アウロが思い出していたのは、今日の《地顎竜》との戦いのこと。

 サーシャと協力して、地面の下から打ち上げた時のことだ。


「懐かしいもんだな。昔もお前とこんなことがあった」


 亡き親友に語りかけるように、アウロは口を開く。

 フォルともよく、魔物を倒すために協力した。

 フォルはアウロと違い、若くして王国最強と名高い魔導師であった――実際、それだけの実力が彼にはあったと言える。

 けれど、フォルはいつもアウロとの協力を望んでいた。

 トドメを刺すのはいつもフォルだが、魔物を牽制するのはアウロの役目。

 立場は違うが、サーシャといるとその時のことを思い出す。


「どうしてだろうな」


 問いかけるように、アウロは言う。

 サーシャとフォルの性格は似ても似つかない――自信家のフォルに対して、どこか心配のすぎるサーシャ。

 けれど、サーシャといると、何故かフォルのことを思い出すことがある。

 ――たとえば、サーシャの使う魔法。以前にアウロを呼ぶために合図に使った魔法は、フォルと全く同じもの。

 地顎竜を打ち上げるために使った魔法も、フォルが使っていた姿と重なる。

 ……サーシャが、フォル・ボルドーの再来と呼ばれるほどの素質を持っているからだろうか。

 それでも、アウロはまだ少し悩んでいるとこともある。


「俺はあいつを、信頼している。まだ小娘だが、魔法の実力は本物だ。それでも、魔物と戦わせるのは……どうしても、な」


 サーシャが望んだからこそ、アウロは表には出さないように努めた。

 それでもアウロはサーシャを守るためにわざわざ自身の傍に置き、抱えて走ることまでしたのだ。

 ……本来ならば、連れていく必要もアウロにはなかった。

 エルと共にその場に残した方が、安全に事態を収めることもできた可能性はある。

 結果的には、サーシャの手伝いもあって問題なく仕事を終えることになったが。

 ――魔法士官は、どうしてもその性質上接近戦を得意としない。その身を守るために、前衛を張ることのできる騎士がいる。

 だが、サーシャはそんなアウロに対しても一緒に行こうとしていた。

 つい最近まで、魔物が苦手で《一角狼》の前に腰を抜かすくらいだったというのに。

 先ほどの戦いでは地顎竜を前にしても、サーシャは臆するどころか魔法を使って戦うことまでしている。


「あいつが――サーシャがそれを望むのなら、俺は優先してやりたいと思ってる。けどな……難しいもんだ。信頼はしていても、どうしても心配しちまう」


 滅多なことでは、そんな本音は漏らさないだろう。

 これは、アウロの本心であった。

 アウロはサーシャのことを心配している――フォルに並び立つ素養があると呼ばれていても、その以前にサーシャは女の子だ。

 人よりも怪我の治るスピードは速いが、決して身体が頑丈というわけではない。

 サーシャを抱えていても分かる――華奢な身体は、魔物の攻撃をまともに受ければ死ぬ可能性だってある。

 もちろん、アウロには他人を守り抜く自信だってある。

 そのために鍛えて強くなり、《戦神》と呼ばれるほどの強さを手に入れたのだから。……それでも、アウロの心の中にあるのは、実際に傍に守る者がいるという不安感。


「まさか、こんなことでここに来ることになるとは俺も思わなかったぜ。フォル……お前は俺を笑うか?」


 決してこのような姿はサーシャの前でも、騎士の前でも見せることはしない。

 アウロは王国の英雄で、騎士として最強と呼ばれる実力を持っていても――その本質は変わっていないのだ。

 人に恐れられる戦神は、何よりも守るべき者が傷つくことを恐れている。


「……まあ、軽い愚痴みたいなもんだ。悪酔いしたらあいつに怒られる。しばらくは、またここには来ねえさ」


 友人の眠る場所ではない――だが、アウロは何かあればここにやってきて、自らの心を確かめる。

 そうすることで、アウロは騎士団長であり続けたのだから。

 きっとこれからも変わることはない――そう、アウロは考えていた。……日が暮れて、王都の夜景を眺めることになるまで、アウロは静かに酒を口に運んでいた。

滅多に触れることのないアウロの内面です。

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