60.仕事を終えて
《地顎竜》の討伐は終わり、《黒鎧蟻》の殲滅作戦も完了した――今は第二騎士団の団員達による追加の調査が行われている。
アウロの団長としての役目はここまでらしく、後は調査団に任せてサーシャも引き上げることになる。
レイスとエルは、この場に残って調査団を指揮するとのことだった。
「ご協力ありがとうございました。ヘリオン騎士団長」
「ああ、必要になったらまた呼んでくれ」
「問題ありません。今回は王都にも近い場所でしたから念のため連絡はしましたが……そういうことでもない限りはお呼びすることでもないでしょう」
レイスはどこまでも澄ましていた――一応、地顎竜がレイスの部隊を狙っていたのだから、アウロのおかげで助かったとも言えるのだが。
二人の関係は、昔からこういう感じなのだろう。
サーシャはそんな二人のやり取りを見つめつつ、ふと視線を前に向ける。
出会ったばかりの頃は無表情の印象が強いエルだったが、サーシャの視線に気付くと優しげな微笑みを向けた。
それに応えて、サーシャも笑顔を向ける。
お互いに――手のかかる上司を持ったものだ、と。
「よし、サーシャ。帰るぞ」
「あ、はい。レイス副団長、それからエルさん。ありがとうございました!」
「ファルマー副団長、何度も言わせないように」
「す、すみません」
「サーシャ、またね」
エルが駆け寄ってきて、サーシャの手を取る。
そうして耳打ちにするように、静かに言った。
「わたしも頑張る。サーシャも頑張ってね」
「! はい、お互いに補佐官として頑張りましょう!」
「……サーシャは、もうちょっと頑張った方がいいかもね」
「え、ええ? どういうことですか……?」
「何でもない。またねっ」
くすりと笑顔を浮かべて、エルが去っていく。
サーシャにはエルの言葉の意味がよく分からなかった。
補佐官としてまだ足りないことがある……そういうことだろうか。
確かに、補佐官としてサーシャは未熟なところも多い――そう考えているが、実際にはエルの言葉の意味は仕事に関することではない。
「……私も頑張る、か」
「おい、何してんだ」
「! す、すぐ行きます」
アウロの隣に立つように、サーシャが駆け出す。
見上げないとアウロの表情を窺うことはできない――それくらい、今の二人には身長差があった。
「……」
「エルとは仲良くなれたのか?」
「ど、どうしてそれを……?」
不意にアウロがそんなことを言うので、サーシャは目を丸くする。
サーシャはエルとのことについては口にしたことはなかった。
「お前、顔に出やすいタイプだって言われないか?」
「……言われたことはないですけど」
「じゃあ覚えとけ。出るタイプだ、お前は」
「な、なんですか、それ……」
顔に出ていた――アウロがそう言うのだから、その通りなのだろう。
サーシャは、初対面の人間からすれば年齢よりも大人びて見えると言われる。
実際、そういう評価をしている者の方が多い。
だが、関わる時間が長ければ長いほど、サーシャの性格というものがよく分かるだろう。
素直で、悩みを抱えやすい――そんなサーシャのことを、少なくともアウロも理解しようとしているのだ。
「エルさんとは、仲良くなれましたよ。レイス副団長とは何ともですけど」
「さっきもファルマー副団長と呼べって怒られてただろ」
「あっ……」
「はっ、そういうところがお前の良いところだよ」
わしゃわしゃとサーシャの頭を撫でるアウロ。
相変わらず、不意にこういうことをやってくるもので、サーシャの視界が揺れる。
「だから、子供扱いしないでもらえますか?」
「ああ、別に子供扱いはしてねえ」
「してますよね!? これでしてないって方がおかしいんですけど!?」
「子供扱いしてたら、こんなところに連れてこねえさ」
「!」
アウロの言葉を聞いて、サーシャも気付く。
確かに、アウロは初めの頃はサーシャを補佐官として任命しても、書類整理をメインにすると言っていた。
それが、気付けば一緒に魔物を倒すという仕事に関わらせている――サーシャが望んだこととは言え、アウロだったらそんなことさせないだろう。
(そっか……じゃあ、ここに来た時から――)
信頼はしてもらっていた。そういうことになる。
そう思うと、一人で色々と悩んでいたことがまた馬鹿らしく感じられてしまった。
サーシャにできることは、いつものようにできることをすること――それが、補佐官としてアウロを支えることに通じるのだから。
サーシャはアウロの先を歩いて、振り返りながら言う。
「アウロさん! クリンも待ってますから、早く王都に戻りましょう!」
「急にやる気出してどうしたんだ」
「何でもないです!」
先ほどエルが浮かべたような笑みと同じく、サーシャもアウロに向かって笑顔で答える。
こうしてサーシャの――第二騎士団としての大きな仕事はまた一つ終わりを迎えたのだった。




