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58.叩き上げ作戦

 ズルリ、ズルリと大きな身体が動き、《地顎竜》がこちらを向く。

 大きな顎に、鋭い牙。竜と名乗るだけはある――その大きな身体で、地面を掘り進んできたのだろう。

 身体に対して顎が大きく、反面手足はそこまで長くはない。

 竜というよりも、トカゲというのが正しい外見をしている。


「ヌオオオオオオオオ……」


 低く唸るような鳴き声が響く。

 先ほどのアウロの叫び声への牽制か――二つの瞳で、地顎竜はアウロを見つめた。

 サーシャは身構える。

 魔物と相対することに、まだ恐怖感が消えているわけではない。

 それでも、ここにいることを選んだのはサーシャだ。


(中に入るとは思ってなかったけど……!)


 アウロに対して悪態の一つでもつきたいところだが、今はそんな状況ではない。

 相対するアウロが、踏み出した。

 背負った大剣を抜き去り、構える。

 あれほどの巨躯を持つ魔物相手に、アウロが一切臆する仕草を見せない。

 むしろ、魔物がやってくる前にアウロの方から抗戦しようという動きだった。


「ちょ、アウロさん! 一人で行く気ですか!? アウロさんが前に出たら援護が――」

「言ったろうが。まずはあいつを地上に叩き上げる。お前らは後ろから魔物が来ないように頼む」

「そういう援護ですか……!」


 もちろん、サーシャもそれで分かりました、と答えるような性格はしていない。


「エルさん、ごめんなさい。後ろ、お任せてもいいですか?」

「うん、分かった。サーシャはヘリオン騎士団長を援護して」


 お互いに頷いて、行動を開始する。

 地顎竜の動きはのろく、短い手足そのままの動きだった。

 アウロが遂に駆け出す。

 サーシャはその後方から追いかけるように動く。

 地面の中ならば、広範囲の魔法は使えない。前にアウロがいる以上、自ずと使える魔法は限られてくる。――それでも、サーシャにはかつて《最強》と謳われた魔導師、フォル・ボルドーの記憶がある。

 戦術や戦略では追い付かなくても、魔法の知識だけならば並び立つ。

 アウロが剣で打ち上げると言ったのなら、それを実行するつもりなのだろう。

 だが、ここは地顎竜のテリトリーだ。

 いくらアウロでも、あの巨躯を相手に限られた空間内ではできることも限られるだろう。


「アウロさん! さすがに真っすぐ突っ込むのは危険ですって! 作戦とかないんですか!?」

「真っすぐ突っ込んで叩き上げるのが作戦だ」

「それ作戦って言わないですから――」

「いいから下がってな!」


 アウロがそう言って真っすぐ駆け出す。

 地顎竜もまた、同じように真っすぐ進む。

 大きな顎を開くと、洞窟内の地面と天井にピタリとつくほどの大きさになる。

 そのまま突き進めばただ食われるだけだ――アウロが、駆け出した勢いのままに地面に剣を突き刺す。


「……!?」


 サーシャは驚きで目を見開く。

 大剣を地面に突き刺した――その時点で、アウロの動きは大きく制限されるはずだ。それなのに、アウロの動きはむしろ加速している。

 地面に剣を突き刺して、そのまま地面を斬りながら進んでいるのだ。

 アウロの言う作戦が、まさに体現された形になっている。

 地面を抉るようにして、地顎竜を下顎から突き上げるつもりだ。

 そんなことが可能なのは、それこそアウロという男くらいのものだろう。

 地顎竜とぶつかる寸前で、アウロが大きく身体をのけぞらせる。大剣が地面を抉りながら――地顎竜の下顎へと直撃した。


「ヌオオオ――」


 下顎を打ち上げられた地顎竜の動きが止まる。

 グググ、と巨躯が持ち上がって跳ね上がる――だが、ピタリと動きが止まった。

 丁度地面と天井の半分くらいのところで、完全に静止してしまったのだ。


「チッ、さすがに重いか……!」


 アウロが舌打ちをしながら地顎竜を見る。

 そのままアウロを押しつぶそうと動く地顎竜に対し、アウロも力で対抗する。

 人の身でありながら、竜と名の付く魔物と相対することができる姿は、まさに《戦神》と言っても過言ではない。

 だが、今のアウロに地顎竜を打ち上げるのは無理だ。


「ヌオオオオオ……」

「オオオオオオオオッ!」


 咆哮と咆哮。

 人と竜の戦いの均衡が崩れたのは、そのすぐ後のことだ。

 瞬間、アウロを押し潰さんと動く地顎竜の身体が、大きく揺れて浮かび上がる。


「!」

「――だから言ったじゃないですか。作戦は必要なんですって」


 アウロの背後で構えていたサーシャは、地面に手を触れる。

 地面に広がったのは《魔法印》。地顎竜を打ち上げたのは、岩によって作り出された大きな拳。

《ロック・フィスト》――中級レベルの地属性の魔法。

 地顎竜の巨躯を打ち上げるほどの威力となれば、相当な魔力を消費する。

 だが、この場でアウロを戦わせるよりも地上で戦わせた方が有利に戦える――まさに、サーシャなりの援護の形だ。


「私が魔法で叩き上げる――そういう作戦でいいですよね!?」

「ああ、だが少し違うな。二人で打ち上げるぞ!」


 身体が浮かび上がった地顎竜に対して、アウロが一度態勢を立て直す。

 力強く地面を蹴り上げて――硬い鱗でできた身体に大剣で一撃を食らわせる。

 地顎竜の巨躯がさらに勢いよく浮かび上がる。天井へと叩きつけられ、轟音が周囲に響き渡る。


「オオオオオオォ!」

「い、けぇ!」


 アウロの咆哮に合わせて、サーシャも叫ぶ。

 天井が割れて砕け――光が差し込んだ。

 地顎竜の身体が宙を舞う。


「作戦成功、だな」

「……こんなの作戦って言いませんからねっ!?」


 サーシャも先ほどまでは作戦と言っていたが、改めてそれを否定する。

 否定はするが――叩き上げ作戦(仮)は成功した。

 だが、まだ終わりではない。

 これでようやく、こちらも戦える場所に移ったことになったのだ。

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