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57.巣の主

 アウロが地下に降り立つと同時に、眼前に迫るのは《黒鎧蟻》の群れ。

 大きな虫が大群で押し寄せてくるのは虫が得意とか苦手とかそういう次元の話ではなく鳥肌が立つ。

 アウロがサーシャとエルをその場に下ろすと、前方に振るった。


「ギ――」


 大地を裂くような一撃が、群れの多くを吹き飛ばす。


(すご……って、感心してる場合じゃない!)


 その間に出来上がるのは、さらに奥の方へと続く道。

 それは地下にではなく、森の奥地に伸びていた。

 サーシャは奥の方を凝視する。

《遠視》の効果を得たサーシャの目でも、どこまで続いているのか分からない。

 ひょっとしたら入り組んでいる構造になっているのかもしれないが、


「道ができた。行くぜ」

「へ――」


 サーシャの答えを待つことなく、アウロが再びサーシャとエルを担ぐ。

 サーシャやエルが走るよりも、アウロが一人で担いで移動した方が早いという判断だろう。

 よりにもよって、サーシャは後ろを向くように抱きかかえられている。


「ちょ、だからこの持ち方はどうにかならないんですか!?」

「いいから聞け。エルは前方、サーシャは後方だ。近づいてくる奴らを魔法で蹴散らせ」

「りょ、了解です」

(わ、私達武器扱い……!?)


 エルはエルでアウロの勢いに押される形で納得しているようだが、サーシャは抗議したい気持ちの方が大きかった。

 それには今のサーシャの格好もある。


(私スカートなのにこんな勢いで走ったら、捲れそうな気が……!)


 けれど、そんな理由でアウロのことを止めていい状況ではないことも分かっている。

 黒鎧蟻の巣に突っ込んだ以上、すでにここは戦場の真っ只中だ。

 一つの迷いが、命を落とすことに繋がることだってあり得る。

 そこにアウロがサーシャを連れてきたということは、少なくともアウロから見てサーシャは戦力になると思われている。

 きっと、足手まといだと思われていたら、アウロはここに連れてきていないだろう。


「……っ」


 色々な葛藤の末に、サーシャは今の扱いに納得することにした。

 不平不満を押し殺し、後で軒並みアウロに伝えることにする。

 今はこの状況を切り抜けなければならない。

 迫りくる黒鎧蟻を、サーシャとエルの二人が魔法で撃退しながら地下を突き進む。

 アウロの動きに迷いはなく、道に沿ってひたすらに走る。


「地下深く続いてるわけじゃねえ。とにかく長く、といったところか。どこかで分かれたら勘で進むしかねえな」

「いや勘って……。でも、深く掘ってない分には助かりますけど」

「黒鎧蟻の特性を理解してるな。奴らは本来地上で生活する魔物だ。地下深くには適応できねえんだろ」

「それって、魔物が賢いってこと、ですか?」

「ああ、そういうことになるな」


 エルの問いかけに、アウロが答える。

 魔物が他の魔物を利用する――決して少ない事例ではない。

 だが、その生物の生態を理解した上で利用しているのだとしたら、やはり相当な知能を持っていることになる。


「《竜》の名を持つ奴らは知能の高い奴が多いからな」


 アウロの言葉は、確信に満ちたものに変わっていた。

 この巣の主は黒鎧蟻ではない――彼らを住まわせた主がいる。

 この道の先か、あるいは別の方角か。

 今のサーシャ達の目的は黒鎧蟻の殲滅だけでなく、その大型の魔物を討伐することも目的となっているのだ。


「サーシャ、次はどっちに進む」

「わ、私は前見えてないんですけどっ」

「そうだったな。エル、どっちだ」

「み、右で」

「いや、ここは左だな」

「自分で決めてくださいよ!」

「何のために三人で行動してると思ってる。多数決っていうのも重要な選択肢なんだぜ」

「多数決になってないですからっ」


 サーシャは前が見えておらず、エルの意見も聞いていない。

 ただ、アウロは以前暗闇の地下水道でも真っすぐサーシャのところまでたどり着いたという実績がある。

 長年の経験からなのか分からないが――サーシャもアウロなら魔物のところへ辿り着けるような気はしていた。

 だから、サーシャにできることは近づいてくる魔物をとにかく撃退すること。

 サーシャとエルは力を合わせてやってくる魔物を蹴散らしていく。

 アウロがその間、一度も立ち止まることはなかった。

 だが、その動きが不意に止まる。


「……おそらく、近いな。サーシャ、見えるか」

「だ、だから後ろを見てるんですって」


 何故か最初にアウロが訪ねるのはサーシャの方だ。

 それはそれで頼られている気がして悪い気分ではないが――いかんせん向いている方向は逆である。

 アウロがそこで、サーシャを地面へと下ろす。


「エル、後方の確認を頼む。サーシャ、どうだ」

「確認しますから、ちょっと待ってください」


 エルよりもサーシャの方が遠くを視認できる。

 サーシャは《遠視》と《暗視》の目で洞窟の奥を見つめる。

 ズルズルと、地面を歩く灰色の巨躯が確認できた。


「いました……! 《地顎竜》です!」

「でかした」


 サーシャのその宣言と共に、アウロが構える。

 この暗がりの洞窟内で、アウロは決着をつけるつもりなのだろう。

 だが、まだ少し離れたところにいる地顎竜の動きは、まるで何かを探るようだった。


(……? 何を狙って――)


 森の奥地で狙うものがあるとすれば、何か。

 アウロ曰く、竜と名の付く魔物の多くは高い知能を持つという。

 この地顎竜も、黒鎧蟻を自らが作り出した巣に住まわせて利用しているのだ。

 何に利用しているのか――サーシャは考える。

 サーシャの至った答えは予想でしかない。

 だが、すぐにアウロに伝える。


「もしかしたら、ファルマー副団長の部隊を狙って移動しているのかもしれないですっ!」

「……!」


 その言葉を聞いて、エルの表情が強張る。

 アウロはサーシャの言葉に表情を変えることなく、頷いた。


「可能性としては十分にあるな。サーシャ、エル――耳を塞げ」

「耳……? あっ」


 サーシャはすぐにアウロの言葉の意味に気付き、耳を塞ぐ。


「オオオオオオオオオオオッ!」


 咆哮。

 それはまるで本物の竜がやってきたかのような、洞窟内に響き渡る声。

 地上でも、あれほど大きな声を出せるのだ。

 洞窟内部なら、どんなに遠くでもその声は届くだろう。

 ピタリと、地顎竜の動きが止まった。

 ――後ろから来るサーシャ達の存在に気付いたのだ。


「後ろで援護を頼むぜ。まずはあいつを地上に叩き上げる」

「そんな言葉初めて聞きましたよ……! でも、了解しましたっ」


 アウロの言葉に答えて、サーシャも構える。

 洞窟の主との戦いが始まった。

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