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53.好きな人

「ファルマー副団長は冷徹なイメージが、あるかもしれないけど……そんな人じゃないよ。騎士として、国民のことを誰よりも考えてる。いつか騎士団長になる人だって、わたしは思ってる」


 包み隠さず「いつか騎士団長になる人」と言うあたり、エルにとってレイスの評価が相当高いことが分かった。

 補佐官とはいえ、わざわざ持ち上げる必要もない――本当にそう評価しているのだろう。

 むしろ、今までの感じからそこまで話すのが得意ではないタイプだと思っていたが、レイスのことになるとここまで饒舌になるものなのか、とサーシャは驚いていた。


(……というか、話すときの表情が明らかに違う)


 エルに初めて会った時の印象から、感情表現が苦手なタイプだと思っていた。

 実際、レイスのことを話していても時折言葉を詰まらせることはあるが、それでも伝えたいという気持ちははっきりと伝わってくる。

 サーシャでも、その気持ちはよく分かった。


「えっと、エルさんはファルマー副団長が好きなんですね」

「……っ! そ、それは……」


 サーシャのあまりに直球すぎる言葉に、頬を赤く染めて視線が泳ぐエル。

 視線を逸らしたままだが、ゆっくりと頷いて、


「うん、好き。だから、ずっと隣にいられるくらい相応しい魔法士官になりたい」

「! そう、そうなんですね……!」


 はっきりと言葉にして答えたエル。

 色恋沙汰についてはそこまで詳しくもないし経験もないサーシャだが、決して興味がないわけではない。

 エルは健気にも上司を思う女の子なのだ。

 サーシャはエルの手を取る。


「誰かのために魔法士官になりたいっていう気持ち……すごく分かります」

「サーシャも?」

「私はちょっと違いますけど……《魔法士教官》になるのが私の夢で……。魔法士官になりたいっていう人を応援したいっていうのが私の気持ちなんです。エルさんはもう魔法士官かもしれないですけど、誰にも負けない魔法士官になりたいっていう気持ちは、私はぜひとも応援したいと思います!」


 サーシャも少し熱が入ったのか、少し手を強く握ってエルを驚かせてしまう。

 サーシャは慌てて手を離した。


「あ、すみません……」

「ううん、サーシャは、いい子だね。わたしなんて、会ったばかりの時は嫉妬していたのに」


 嫉妬していた、とはっきり言えるエルも十分すごいだろう。

 ふるふるとサーシャは首を横に振り、答える。


「私だって、ちょっと苦手なタイプかも……とか思っていたので」

「サーシャは正直でもあるね」


 くすりと笑ってエルが答える。

 つられて、サーシャも笑顔になる。

 エルはレイスのために強くなりたいと考える、普通の女の子だ。

 話してみなければ、その人が何を考えているのか分からない。

 それは特に、アウロにもよく言えることだった。


(私が第一印象で一番判断しないようにしないといけないんだ)


 サーシャは改めて、そんな決意をする。

 エルとも短い時間で打ち解けることができて、サーシャはすっかり安堵していた。

 だからこそ、少し不安も残る。


「あ、でも……それならファルマー副団長と一緒に行動した方が良かったんじゃ……?」

「大丈夫。ファルマー副団長はわたしの考えも優先してくれる」

「! 意外といいところもあるんですね……」

「サーシャ、ファルマー副団長と何かあったの?」

「あ、いえ……ちょっとクリンとの件で。あ、クリンっていうのは《一角狼》の子供なんですけど」

「うん、知ってるよ。サーシャの持ってた子犬みたいな狼」


 最初に挨拶した時にも連れていたから覚えていたのだろう。

 クリンはここに来る途中でアルシエの下へと預けている。

 騎士団長補佐官となってからも、何かとアルシエには頼ってばかりだ。


(今度何かお礼しないと……)


 そんなことを考えていると、エルが何か思い立ったように口を開く。


「サーシャは、ヘリオン騎士団長の指名で補佐官になったんだよね?」

「あ、はい。そうですよ」

「サーシャの実力は、聞いてる。わたしも近くで感じたけど、十五歳でそのレベルならたぶん、王国でも五本指に入るくらい、だとは思う」

「そ、そんな高いレベルではないですよ。魔力量だって凡人レベルなんですから」


 サーシャとフォルの最大の違う点だ。

 魔力量は人並み程度しかないサーシャは、フォルのように上級魔法を連発することはできない。

 そもそも、肉体的にも未熟なサーシャはレベルの高い魔法を連続で酷使することは負担になる。

 だから、最近ではその負荷に耐えられるように訓練を始めたくらいだ。


「でも、十分すごいよ。だから参考にしたいと思った」

「はい、私でよければ参考にしてください」

「うん。それで、サーシャはどうしてそんなに魔法が得意になったの?」

「えっ、それは……」


 中々に説明しにくいものだった。

 前世のフォル・ボルドーという最強の魔導師の記憶があるからです――なんて言えるわけもない。

 かといって、才能ですなんて一言で片づけるのも嫌だった。


(さすがに嫌味っぽすぎる……!)


 せっかく仲良くなったのだから、ためになる答えをしたいとサーシャは考える。

 そんなサーシャの考えを知ってか知らずか――エルが思いついたように口を開く。


「サーシャもヘリオン騎士団長の補佐官になったのは、騎士団長を支えたいと思ったから?」

「えっ、ま、まあ……そうですね。あの人は強面ですけどいいところもあるのに、何か王都では多くの人に怖がられているって聞きました」

「うん、その話は有名。《戦神》アウロは魔物よりも怖いって」

「魔物より怖いっていうのは分からなくもないですけど……そんな人じゃないんですよ。友達思いなところもありますし。あ、今は友達いるか分からないんですけど。とにかく、悪い人じゃないんですよ!」

「うん、サーシャの言いたいこと、分かるよ」


 エルがこくりと頷いて答える。

 何となくだが、サーシャの言いたいことはしっかりと伝わってくれたらしい。


「サーシャは、ヘリオン騎士団長のことが好きなんだよね?」

「……は、はあ!? な、ななな何でそうなるんですか!」


 この日一番、サーシャは大きな声を上げることになった。

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