50.巣の所在
アウロが先行し、そのすぐ後ろからサーシャが追いかける。
サーシャの索敵にも魔物は引っかからない。
すでに近くにはいないのだろう――迷うことなく進むアウロもまた、近くに敵がいないことは分かっているようだ。
(アウロさん、巣の場所分かってるんだ)
そう思った直後、ピタリとアウロが動きを止める。
「……? どうしたんですか?」
「巣ってどこにあると思う?」
「へ? 分かっているから真っすぐ進んでいたんじゃ……?」
「途中まではレイスのマーキングを追ってたんだがな。見失った」
「見失ったって……方角間違えたんじゃないですか!?」
「かもな」
慌てるサーシャに対し、そんな風に答えるアウロ。
迷いなく進んでいるのではなく、迷っているから一先ず進んでいるだけだった。
サーシャは怒って声を上げようとしたが――大きなため息をしてそれを吐き出す。
「そういうことは早めに言ってくださいよ……」
「まあ、レイスが巣を見つけた保証もねえからな。合流するつもりではあるが、俺達も巣を探す目的もある」
「それはそうですけど……」
アウロの言うことにも一理あるので納得はする。
だが、サーシャに対してでも必要なことを話さないアウロについては、あまり良い気持ちはしなかった。
「一応ですね。見失ったのなら言ってください。私だったらその場であれば探せますから」
「分かってるさ。困った時には言うつもりだったぜ。それより今は蟻塚の方だ。探せるか?」
「やってみます」
サーシャは魔法の範囲を広げる。
《空間把握》の効果を広げることで、森の中にある異物を探し出す。
この方法であれば、魔物だけでなく人間を見つけることも難しくはない。
ただし――今のサーシャが連続で使用すればそれだけ魔力を消費することになる。
時間を置いて使うのならばまだいいが、細かく使用するのは負担が大きくなる。
サーシャはそんなことをアウロには伝えたりはしないが。
「……」
「どれくらいの距離まで測れる?」
「今は五十メートルくらいですが、範囲に変なものはない――あ、人陰を二人探知しました!」
「二人……レイスとエルか。動いてるか?」
「いえ、止まっているみたいですね」
「まずは合流してみるか。案内してくれ」
「分かりました」
サーシャは頷いて先行する。
草木をかき分けながら進んでいくが、なかなか思うように進めない。
(くっ、蔦とかも地面にあって歩きにくい――)
「方向を言え、俺が前を歩く」
「え、あ、分かりました」
咄嗟に話しかけられ、サーシャは少し驚いた声を上げる。
アウロは気にする様子もなく、サーシャの前に出る。
先ほどと同じように、アウロの後ろをサーシャがつくような形となった。
サーシャとは違い、アウロは目の前の草木など物ともせずに進んでいく。
(アウロさんの後ろは歩きやすいな……)
「次はどっちだ」
「あ、もうすぐそこですっ」
サーシャが答えると、アウロは頷いて歩き始める。
色々と思うところはあるが、こういうところは頼りになる――アウロはそういう男だった。
少し進んだところで、待機しているレイスとエルに合流することができた。
「ヘリオン騎士団長ですか」
「おう、その様子だと巣はまだか」
「ええ、今はエルに探してもらっていますが」
レイスの言葉の通り、隣で集中している様子のエルは魔法を発動させているようだった。
(エルさんも空間把握を……?)
魔法としては上級魔法の一つだ――副団長の補佐官という立場だということを考えれば、それくらいのことはできるのかもしれない。
どれくらいのことができるのか、サーシャとしては興味があった。
同い年くらいの子と話す機会も少なければ、仲良い相手もいないのだから。
ただ、エルはどこかサーシャを敵視しているところがある。
(私的には話してみたいんだけど……)
サーシャがそんなことを考えていると、ちょうどエルが魔法を解除する。
だが、成果は得られなかったようだ。
「やっぱり見つからないです」
エルが首を横に振る。
あまり感情豊かではないようだが、悔しそうな表情をしているのはサーシャにも分かった。
「ふむ、そうなるとさらに奥地にある可能性もありますね」
「どうだろうな。エル、お前の魔法はどれくらいの距離まで探せる?」
「限界で百メートルくらいです」
「サーシャ、お前は?」
「え、わ、わたしも百メートルくらい、ですね」
アウロに聞かれて、サーシャは咄嗟にそう答える。
エルがちらりとサーシャに視線を向けた。
実際にはその倍――二百メートルくらいまでは探すことができる。
だが、エルの態度を見る限りサーシャと何か競おうとしているというのは分かった。
――サーシャとしては、これ以上争いの種を作るつもりもない。
むしろ仲良くしたいと思っているのだから。
だからこそ、余計なところで気を使ってしまった。
「二人合わせて二百か。あの数で考えれば、それなりに近づけば見つかるはずなんだが……。人数を増やして範囲を拡大するのが正解か」
「その方向であれば手配しますが」
レイスの問いかけに、アウロが頷いて答える。
「ああ、頼む」
「分かりました。エル、行きますよ」
「はい」
一度戻って増援を呼ぶことになった。
サーシャも戻ろうとするが、アウロは何か考えている様子でその場を動かない。
「どうかしたんですか?」
「いや、そもそもあの数の《黒鎧蟻》の巣だ。相当なサイズになると思うんだが……上から見てもそれらしいものはなかったという報告がある。森の外から見渡しても緑一面広がってただけって話だ」
「……それって、巣がもっと遠くになるってことですか?」
「それならまだいいがな」
アウロの返答はどこか、別のことを考えているようだった。
アウロの経験からくるものなのだろう――サーシャには他に考えられる理由というのは思いつかなかったが。
結局、巣は見つけられないままに一度撤退することとなった。




