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48.サーシャの実力

 森の中を、魔物の軍勢が駆ける。

 生い茂る木々の間もすり抜けるように動く魔物の群れは、騎士達の想像を超える速度で動いていた。


「ギギギ……!」


 六本の足に二本の触覚。

 黒い鎧のような身体。

 大きさはおよそ五十センチから、大きいものでは一メートルほど。

《黒鎧蟻》と呼ばれる魔物は、森の奥地に大きな蟻塚を作る。

 そして、一斉に餌を求めて駆け出すのだ。

 彼らは雑食で、あらゆるものを口にする。


 ――だが、食べる物については厳選するのだ。

 栄養がある魚や肉、果物や野菜など豊富な食材を探しに動く。

 森から抜け出せば、彼らの目指す先は王都ということになるだろう。

 それを防ぐのが、第二騎士団の役目だった。


「ギッ!?」


 群れの一匹が、突然驚きの声を上げると同時に、動きを止めた。

 仲間の一匹が足を止めた程度では、群れは動くことを止めない。

 だが、それが次々と起こったのなら、話は別だ。


「ギシュッ!」

「ギギッ!?」

「グ――」


 次々とその身体を貫いていくのは、透明な刃。

 否――正確に言えば透明ではない。

 深緑に合わせて、あるいは木の幹の色にも変化する刃は、魔物の群れに探知されることなく次々と貫いていく。

 黒鎧蟻という名の通り、彼らの外殻は非常に硬い。

 生半可な短刀や剣では傷は付けられても、その命に届かせることは難しい。

 それを可能とさせるのは、魔力でできた刃――次々と魔物達を貫くのは、サーシャの操る刃だった。


(今ので十五体……! まだ距離はある!)


 森の中、サーシャは複数作り出した魔法の刃を丁寧に、そして正確に操っていた。

 遠隔で魔法の刃を操作し、攻撃する《飛剣》は、多くても三本程度の操作が限界と言われている。

 だが、それは普通の魔導師のレベルだ。

 サーシャの魔法を操る技術は――最強の魔導師と言われたフォル・ボルドーの記憶に起因するものだ。

 魔力に違いはあれど、その精度に大きな差はない。


 合計で三十本――常人のおよそ十倍の量の飛剣を操作していた。

 剣の色の変化は、サーシャが状況に応じてそれぞれ対応している。

 森の中を駆け抜ける刃は、木の幹や地面に突き刺さるようなことはなく、次々と魔物を捉えていく。

 一本の操作でも、狭い木々の間を通すのは針の穴に糸を通すような精密な動きを求められる。

 森の中を高速で駆ける魔物達に当てるだけの速度が、必要になるからだ。


(次は右方……左も!)


 サーシャは集中していた。

 それこそ、地下水道で子供を助けようとした時と同じく――戦いとなればサーシャの意識は研ぎ澄まされる。

 それだけの数を操作するのに、少しでも意識を途切れさせるとコントロールをすぐに失ってしまうからだ。


「ふっ……」


 サーシャが小さく息を吐く。

 魔物が押し寄せてくるのは、サーシャ自身が組み合わせた疑似的な《透視》の魔法を使用して把握している。

 展開した《魔法印》の効果は空間把握――その魔法の効果の続く範囲に異物を感じ取れば、サーシャにはすぐに分かる。

 範囲に入った魔物に対して、サーシャは次々と飛剣を操って貫いていたのだ。


「……っ! あー、もうっ! なんでこんなこと!」


 やや怒り気味に、サーシャがそう本音を漏らした。

 これはあくまでサーシャが集中力を持続させるために、そしてストレスを発散させるために勢いに任せて口を開いていた。

 それは魔物と戦っているストレスと、アウロの期待に応えようとするストレス――それでも、サーシャは心の中では一つの思いがあった。


(これだけやってれば、私の心配はいらないってアウロさんでも分かるはず……!)


 心配されることは悪い気持ちではないが、サーシャの求めているのは対等な関係だ。

 それを証明するために、今のサーシャは全力で魔法を操作している。

 次々とやってくる魔物に対して、サーシャの殲滅力は十分に間に合っていると言える。

 だが、それでも数が多すぎる。

 森の中でひたすらに魔法の操作を続けるのは、サーシャにとっては大きな負担だった。


(また数が……!)


 サーシャが感じ取ったのは、さらに大群のように押し寄せる魔物達。

 いくらサーシャでも、ずっと同じパフォーマンスを発揮できるわけではない。

 このままだと押し切られる、そう思った時だ。

 ドォン――大きな音と共に、魔物の数が一気に減ったのを感じ取った。


「アウロさん……!?」


 遠く離れたところでも、鳥達が驚いて森から飛び立っていく。

 爆発でも起こったような音の原因は、騎士団長であるアウロの一振りだ。

 サーシャよりも前方に待機していたアウロが、ようやく魔物の軍勢と相対したようだ。

 数の多い魔物に対して、アウロのような騎士は不利だと言える。

 それは他の騎士達にも共通の認識であり、サーシャだけでなく――フォルであったとしてもそう思うだろう。

 だからこそ、殲滅力が高い《魔法士官》がこういった作戦では使われるのだ。

 そんな常識を無視した男が、ここにはいた。


(いや、ドォンって……! どうなってるの!?)


 さすがのサーシャもその音に驚き、何本か操作をミスしてしまう。

 数本、操っていた飛剣が地面や木々に刺さってしまったのをサーシャも感じ取り、すぐに修正する。

 その直後、二発目の爆発音が周囲に響いた。


「け、剣、だよね……?」


 およそ剣を振るう音とは思えない轟音――アウロが全力で剣を振るっているのだろう。

 それは、地下水道の時や《一角狼》と対峙した時とはまた違う。

 広範囲に攻撃するための剣技。

 魔法ではないが、魔力を放出することでその一撃の範囲を広くしているのだ。

 それが木々を薙ぎ倒し、魔物をまとめて吹き飛ばすほどの威力を誇っている。

 《戦神》アウロ・ヘリオン――そう呼ばれているという事実を、サーシャは思い出した。


(一撃で私よりも倒しているような……というか、これだと私が必要――)

「サーシャ! 動きが止まってるぜ!」

「……っ!」


 森の奥の方から、アウロのそんな声が響く。

 離れていても、アウロの大声はサーシャの下まで届いたのだ。

 それも、戦いながらサーシャの魔法の動きまで把握している。


(この人は……!)

「や、やってますって!」


 サーシャもできる限りの大声で返す。

 それがアウロに届いているのか分からないが、サーシャは再び戦いに集中する。


「……動きが止まってるって、誰のせいだと思ってるんですか」


 サーシャはそう、呟くように言った。

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