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46.期待という言葉

《バルテナ》の森――王都のすぐ傍にあるその森の名は、《賢者》バルテナから付けられたものだ。

 森の賢者とも呼ばれ、魔導師であったバルテナという老婆が単独で森に住まう魔物達を押さえこんでいたという逸話がある。

 森の魔物達に限らず、魔物の大群が暴れ出す《スタンピード》。

 予測は難しいが、その予兆というものは分かるらしい。


 特に魔物と多く戦ってきた経験のあるアウロや、副団長のレイスはそれをよく理解している。

 今回の件を報告したのは、レイスの方だった。

 万が一に備えて、アウロとレイスが時折森の方を確認しに行くというのも仕事の一つらしい。

 特に、過去スタンピードの発生の記録のある場所には必ず向かうようにしているのだという。

 レイスがよく王都から離れるのはそれも一因にあった。


「虫の魔物は特に繁殖力が強い。お前もよく分かってるだろうがな」

「まあ、そうですね……」


 以前、王都の地下水道に住み着いた蜘蛛の魔物。

 大きさから言っても成長する前に住み着いたようだが、卵の数は数十を超えていた。

 一体の魔物からそれだけの数が生み出され、それが孵化すればまた同じ数だけの魔物が生み出される――それを繰り返すからこそ、虫の魔物というのは厄介だった。

 ほとんどの魔物には、発見次第処理をするようにというように情報が付与されている。

 サーシャ自身――フォルの記憶を思い返してみれば虫に対する容赦はなかった。

 今でこそ、魔物に対してトラウマを抱えてしまっているサーシャだが、記憶にあるのは魔物に対して容赦のない頃のもの。


「はははっ、僕に限って森ごと燃やすということはないよ。奴らだけ悉く殲滅してあげよう」


 そんなことを言っていた記憶もある――何とも複雑な気分だった。


(さすがに私はそんな気分にはなれないけど……)


 実際、サーシャの技術ならば火の魔法を使ったとしても森を燃やし尽くしてしまうということはないだろう。

 虫の魔物には特に火は有効であり、今回のような魔物が多く出没したという場合にはサーシャのような魔導師の方が活躍の場面は多くなるだろう。

 それはアウロもよく分かっているようで、


「今回はお前の魔法に期待してるぜ」


 そんなことを言う。

 だが、サーシャとしては色々と不安な要素があった。


「……そう期待されても、まさかスタンピードに対して四人だけではないですよね?」

「それは心配するな。第二騎士団のメンバーがすでに配置済みだ。そのあたり、レイスは有能だからな」


 笑いながら言うアウロだが、団長としての仕事を全て副団長であるレイスに取られてしまっているようにも見える。

 さすがに四人だけでやれるほどの相手ではない――それはアウロもよく分かっているのだろう。


「だが、お前の魔法に期待しているというのは事実だ。広範囲の魔法は得意な方なんだろ?」

「得意というか、何と言うか……」


 歯切れ悪く、サーシャは答える。

 サーシャが得意とするのは、支援系の魔法の他に広範囲への攻撃の魔法がある。

 得意と言っても連続して打てる数に限りはある。

 あくまで士官学校での高評価を得るために使った魔法であったのだが、そんな話までアウロの耳に届いていた。


(まあ、大量発生した魔物に対してなら確かに広範囲魔法は有効ではあるけれど……)


 サーシャ自身が実戦で使った経験はない。

 そういう意味では、期待されすぎるというのもサーシャにとっては負担だった。

 アウロがそう言ってくれているのだから頑張ろうという気持ちもある。

 そんなサーシャの気持ちを知ってか知らずか、外を見ながらアウロが呟くように言う。


「殲滅力っていうのは第二騎士団でも必要な能力だからな。正直、こういうところでお前の力を頼るのはどうかと思うが――」

「それは言わなくてもいいです。私は自分の意思でここにいますので」

「……そうだったな」


 二言目にはサーシャのことを心配するようなことを口にする。

 それはサーシャとしてありがたいことではあるはずだが、複雑なところもあった。

 ――まだアウロから見て、サーシャは対等な関係にないということになる。

 人の心配をするというのは当然のことなのかもしれないが、サーシャとしてはそこまで心配をしてほしいとも考えてはいない。


(――って、私が自信ないみたいな言い方してるからか……)


 アウロに期待されていると言っても、「任せてください!」というような一言で答えることができない。

 これはサーシャにとっての予防線のようなものだった。

 魔物が苦手だから活躍できないとか、そんなに魔法は得意じゃないとか――そんな理由を並べておくことがサーシャにとっては安心できる理由にも繋がっていた。

 ――アウロに心配されるような言い方をサーシャがしている部分もあると言える。


「もうすぐ到着するが、準備はいいか?」

「準備も何も、やる時は生身一つしかないですよ。……心配しなくても、その時になったらしっかりやりますから」

「おう、期待してるぜ」


 アウロの言葉に、静かに頷くサーシャ。

《一角狼》の件から、サーシャは継続して魔力を扱う練習をしている。

 その成果を見せる時が来たのかもしれない――そんな風に考えることにしたのだった。

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