45.新たな仕事
シャワーを浴び終えたサーシャが執務室へと戻ると、すでにアウロは出掛ける準備をしていた。
背中に大きな剣を背負って、いかにも戦いに赴かんという雰囲気だ。
「あ……どこかに行くん、ですか?」
「戻ったか、行くぞ」
「え、ちょ――説明してくださいって!」
「詳しくは馬車で話す」
戻るとすぐにアウロはそう言ってサーシャを連れ出す。
一瞬、置いていかれるかと思って少し不安を感じたが、そんなことはなかった。
(……って、何で私が不安がる必要があるの)
先程のエルとの件もあって、少しナイーブになってしまったとサーシャは気を引き締め直す。
その直後――クリンがアウロの肩に乗ってのんびり寛いでいるのが見える。
「ふふっ……」
「何を笑ってるんだ?」
「な、何でもないですっ」
意外と似合っている、そう口にすると何だか怒られそうな気がした。
騎士団本部の前に待機していた馬車は二つ――片方には、レイスとエルが乗っていた。
騎士団長と副団長の二人が動くというところを見ると、サーシャも不穏な空気を感じ取る。
動き出したのは馬車の中で、サーシャはようやくアウロから話を聞くことができた。
「……一体どうしたんですか? アウロさんと、レイス――じゃなくて、ファルマー副団長も一緒だなんて」
「そんなに驚く話でもねえさ。王都に二人揃ったときは、二人で出向くこともある」
「その割には、アウロさんも完全武装のように見えますけど……」
「ああ、途中でこの犬っころはアルシエに預けていくぞ」
「それは構わないですけど……やっぱり仕事ですよね?」
「そんなところだ」
アウロと行動を共にしていると、何となく分かる。
常に言いたいことははっきりという男ではある――あるはずなのだが、サーシャに関わることは時折話しにくそうにしているのを感じる。
昔からそういう節はあって――フォルはそういうところの察しがよかった。
それは、サーシャも同じことだ。
「仕事なら内容、はっきり教えてください。私は私にできることをしますから」
サーシャがそう言うと、アウロは少しの沈黙の後に口を開く。
「《スタンピード》の予兆が確認された。さっきのレイスとの話はそれだ」
「っ!」
ようやく、核心を突く返答がアウロから出る。
スタンピード――特に魔物が集団で動き始めたときに使われる。
群れをなす魔物というのは決して少なくはない。
何となく察していたとはいえ、相手は魔物の群れだ。
その話を聞くだけで、サーシャの顔色は少し悪くなる。
一角狼の件を乗り越えたとはいえ――まだサーシャにも時間は必要だった。
そんなサーシャの様子を察してか、アウロが口を開く。
「お前は――」
「行きますよ、私も」
アウロが何と言うのか分かっている。
無理をしなくてもいいと、きっとアウロは言うつもりなのだろう。
サーシャはアウロの言葉を遮るように言った。
そんなサーシャに対して、アウロが小さくため息をつく。
「……お前はそう言うと思ってたさ。ついてくるなって言っても来るんだろ?」
「私はそういう性格なので。アウロさんだってそういうタイプじゃないですか」
「お前は俺の何を知ってるんだ」
(……昔のことなら、知ってますけど)
呆れたような表情のアウロに、心の中で呟くサーシャ。
そして、言葉を続ける。
「……まあ、アウロさんを守るって約束しましたし」
視線を逸らしながら、サーシャは小さい声で呟く。
スタンピードが発生したというのなら、それこそアウロは無茶をしそうだった。
もちろん、魔物の規模にもよるが、魔物と戦うのが仕事であるアウロは常に危険に身を置いているといえる。
――だからこそ、サーシャの役目はアウロを守ることなのだと考えていた。
「そんな約束もしたな」
アウロもまた、サーシャの言葉に答えるように言う。
四人が向かうのは、王都の近くに広がる大森林――《バルテナ》の森だ。




