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44.補佐官同士

 クリンを抱きかかえて、サーシャは執務室の方へと駆けて行く。

 騎士団長会議を終えたアウロも戻っている頃だ。

 クリンの保護申請の許可は無事に通り、これで正式にサーシャがクリンを連れていても問題ないことになる。


「アウロさん、クリンの申請通りましたよ!」


 いつになく嬉しそうにサーシャがそう言って執務室の扉を開く。

 そこにいたのはアウロともう一人――副団長のレイスだった。


「それでは、また後ほど」

「ああ」


 二人は何か話していたようだが、サーシャが来たのを見てレイスの方が去っていく。

 サーシャはその背中を見送った。


「あの、何か話していたんですか?」

「少しな。それより、犬っころの申請が通ったんだろ」

「犬っころじゃなくてクリン、です。でも、無事に申請は通りました」

「まあ、通らないとは思ってなかったがな。だが、ここからがスタート地点だぜ」

「分かっています。面倒はしっかり見ますから」

「それなら、まずは髪を洗って来い」

「……へ?」


 アウロにそう指摘されて、サーシャは自身の髪を確認する。

 後ろで結んだ髪の先に触れると、何故か物凄くべたついていた。


「わっ……何これ、涎?」

「その犬っころのだろ」

「犬っころじゃなくて――って、とにかく洗ってきますけど……その前に今日はどこか行く予定はあるんですか?」

「仕事の話を聞くのは評価するが、まずは洗って来い。それともハサミで切るか?」

「き、切るわけじゃないじゃないですか! 女の子の髪は大事なものなんですからっ」


 サーシャそう言って、執務室をそそくさと後にする。

 騎士団本部に用意されているシャワー室へと向かった。

 騎士団に所属してからも多くの騎士達は訓練を欠かさない。

 仕事から戻った騎士達も含めて汗を流せるようにと用意されていた。

 湿った毛先は目立つのか、サーシャが通りすぎると何人かが振り返ってサーシャの方を見てくる。


(……クリンのしつけもしっかりしないと)


 改めてそう決意して、サーシャは更衣室へと入る。

 そこにいたのは――副団長補佐官であるエルだった。


「あっ、えっと……エルさんもシャワー室に?」

「昨日は夜まで仕事だった、から」


 エルは伏し目がちにそう答える。

 あまり人と話すのは得意ではないのだろうか――そんな印象を与える。

 けれど、若くして補佐官になっているという立場には親近感を覚えていた。

 サーシャとしては、同じ第二騎士団のメンバーとして話せる相手はほしいところだった。


「エルさんはいつから補佐官だったんですか?」

「三年前、あなたよりは年上だから」

「あ、そ、そうですよね……」


 サーシャの言いたいことが分かっているかのようにそう答えるエル。

 年齢的には遠くない――そうは思いつつも、学生の身分から騎士団に所属することになったのは、今までサーシャしかいないと言われている。

 エルが士官学校に通っていたとすると、年齢は二十を超えることにはなる。

 そう考えると、サーシャよりも最低でも五つは上のはずだった。


「……」


 どう話題を切り出したものか、とサーシャは着替えながら考える。

 サーシャがアウロやアルシエから特に評価されているのはコミュニケーション能力――だが、それは前世の記憶があることでアウロと話せるようになっているだけだった。

 士官学校をすぐに辞めることになったサーシャには、友達もいなければ年齢の近い相手と話した経験も少ない。

 特に、あまり話そうとする雰囲気のないエルのような人と話すのは苦手だった。


「あの――」

「無理に話す必要は、ないよ」


 バタン、とロッカーを閉めてそう言い放つエル。

 その表情から感情は読み取れないが、どことなく友好的ではないということは分かった。


「クルトン補佐官……あなたと仲良くするつもりは、ないの」

「え……?」

「わたしは、魔導師としても補佐官としても、あなたには負けない」


 表情は変わらないが、強い決意を秘めた言葉で、エルはそう宣言する。

 突然の言葉に、サーシャはただ聞くことしかできなかった。

 そのまま、エルは一人シャワー室へと入っていく。

 残されたサーシャはしばしの静寂の後、服を脱ぎ始めるが――同じシャワー室に入ることは躊躇われた。


(そんな敵視されるようなこと、したかな……?)


 思い起こしてみるが、そもそもエルと出会ったのは今日が初めてだ。

 そして、話しかけたのも今が初めてで――敵視されるようなことをした覚えもない。


「……せっかくなら、仲良くしたいと思ったんだけど」


 俯きながら、ポツリとそう呟いたサーシャ。

 誰とでも上手くいく――やはりそんなことはないのだと、サーシャは改めて感じることになった。

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