42.副団長
朝方――サーシャとアウロは共に騎士団の本部へとやってきていた。
サーシャが抱えているのは一角狼の子供であるクリン。
提出した書類の審査日が今日であった。
「と、通りますよね……?」
「たぶんな」
「たぶんて……通らない可能性もあるんですか?」
「心配すんな。通らなかったら言えば通る」
「何かいけない感じがしますけど……」
(こういうところは、一応頼りがいがあるというか……)
「おっと、そうだ」
「へふっ」
ピタリと足を止めたアウロにぶつかるサーシャ。
思わず変な声をあげてしまう。
「もうっ、いきなり止まらないでください」
「わうっ」
抱えたクリンまで抗議の声をあげるように鳴く。
「ああ、すまん。実はな、今日はレイスの奴が戻ってくるから紹介しておこうと思ってな」
「レイス……? レイスって……あっ、副団長ですか!?」
「そのレイスだ」
思い出すのに少し時間がかかった。
サーシャとアウロが王都から離れる際に王都に戻り、また二人が戻ってきた時には入れ替わりで別の場所に向かっていたらしい。
だから会う機会もなかったのだが、第二騎士団の忙しなさがよく分かる話だとも言えた。
「しばらくはお互い王都にいるだろうからな……まあ、話す機会もあるだろう」
話ながら、サーシャとアウロは本部の近くまでやってきていた。
まだ朝方だというのに、この時間は人通りが多い。
主に、騎士団の関係者だ。
「どういう方なんですか?」
「どういうって、眼鏡だな」
「……それって特徴でもないですよね?」
「話せば分かるだろ、お前なら大丈夫だ」
「勝手に根拠ないこと言わないでくださいよ」
「実際問題なくこなせてるだろ。あの経理課ともやれてるんだから」
「ぜ、全然やれてないですって……!」
サーシャはどちらかと言うと毎回視線に殺されかけていた。
経理課の《氷の魔女》――フィーリア・クルツ。
会うたびに小動物のように震えるサーシャのことをきっとアウロは知らない。
「ああ、丁度あんな奴だ」
「適当なこと言わないでくださいっ!」
「いや、だからあれだって」
「あれって……」
アウロが指差した方向からやってきたのは、眼鏡をかけた青年だった。
第二騎士団の特徴である黒い制服に身を包んでいる。
やや長めの金髪は、どちらかと言えば美しく見えた。
第二騎士団の団長であるアウロのイメージから、副団長も似たようなものだと考えていたサーシャにとっては予想外の人物だった。
(インテリキャラ……?)
初対面でそんなことを思われるとは思っていないであろう――副団長のレイスがサーシャとアウロの方へとやってくる。
その後ろには、サーシャと同じくらいの歳に見える少女がいた。
「お久しぶりですね……ヘリオン騎士団長」
「おう、そうだな。《ラクワラ》の方の――」
「問題ありませんでした。ヘリオン騎士団長が行く予定だったものも全て滞りなく」
「そうか」
レイスは丁寧な口調で話しているが、何故かアウロとレイスの間ではどことなく険悪な雰囲気が漂っている。
元々、アウロはサーシャ以外と話すときは口調が素っ気ないことも多い。
それも相まってか、余計に雰囲気が悪いような感じがした。
(仲悪い――っていうか、アウロさんそんなに仲いい人いないんだった)
アウロの交遊関係をそう断定するくらいには、サーシャもアウロのことについては知っている。
これは、かつての記憶ではなく今の話だ。
「それで、そちらの子が?」
「ああ、俺の補佐官になったサーシャだ」
「サ、サーシャ・クルトンです。えっと、宜しくお願いします。レイス副団長」
「……レイス・ファルマーです」
「え――あ、す、すみません、ファルマー副団長」
(な、名前しか聞いてなかったからつい……!)
普段からおおよその人間を名前か『あいつ』だの『あれ』だの微妙な表現をするアウロに引っ張られて、自然とサーシャも名前呼びをしてしまっていた。
そもそも、レイスのことはアウロから名前しか聞いていなかったのも原因ではあるが。
「あなたが補佐官をご自身で選ばれるとは思いませんでした」
「優秀なやつだからな。俺が取った」
「……」
横にサーシャがいるというのにアウロにそうやって言われると、少しだけ恥ずかしかった。
すると、対面にレイスの背後に控えていた少女が出てくる。
白髪よりはやや青みがかった珍しい髪色。
瞳の色もまた髪と同じで、感情を表に出さないタイプのように見えた。
「……エル・コードウィン、です」
「僕の補佐官です」
「あ、宜しくお願いします」
「……宜しく、お願いします」
サーシャに合わせて礼をするエル。
どこかたどたどしい話し方をする彼女から、勝手にサーシャは親近感を覚えていた。
(お互い上司に苦労しそうな感じ……あと私と同い年、くらい?)
サーシャと同い年の子は騎士団には存在しない――当然、エルもサーシャよりは年上だ。
「王都に来たときちらりと話は聞きましたが、魔法に関しては優秀だとか」
「そ、そんな大した話ではないですよ」
「ええ、まあ……優秀かどうかは仕事を見て判断させてもらいます」
「お前の補佐官じゃねえぞ」
「そういう意味で言ったのではありませんが?」
またしても、口を開くとアウロとレイスは少し険悪な雰囲気になる。
エルはそれも慣れているのか、動じることもなく状況を静観していた。
「ご、ご挨拶したばかりで申し訳ないのですが、この子の申請がありますので!」
「……? 何ですか、その犬は」
「一角狼だ。俺の仕事の関係で持ってきた」
「! あの一角狼ですか、随分と珍しいですね」
「わうっ!」
レイスはちらりとだけ一角狼を一瞥すると、
「何故そんなものを持って帰ってきたのか知りませんが、問題だけは起こさないようにお願いしますよ」
釘を刺すつもりで言ったのかもしれないが、レイスの言葉は刺のあるものだった。
サーシャも思わずむっとした表情になるが、
「……分かってます」
(私まで険悪になったらダメだよね……)
冷静に受け止めるサーシャ。
サーシャとアウロは、レイスとエルの二人と別れて本部の方へと向かう。
去り際に、エルが呟くように一言だけ残した言葉がサーシャの耳に残った。
「……負けないから」
(……何の話だろう?)
気にはなったが、これからクリンの審査結果を聞かなければならない。
サーシャはそちらの方に意識を集中させた。




