37.料理というのは
「……というか、アウロさん結構家にいませんか?」
「俺の家だから当然だろ」
クリンの汚したシーツの片付けを終えたサーシャはリビングでテーブル越しにアウロと向かい合っていた。
アウロの家を見た第一印象はまず――大きい。
男一人で住むにしても、一軒家というのは少し大きく見えた。
その上、使用している部屋はほとんどないという。
実際、生活感が溢れるのはリビングくらいで、サーシャの借りた部屋は埃が被っているくらいだった。
その部屋も含めて、家の掃除をしたのはサーシャだった。
住まわせてもらうのだからそれくらいのことはしよう、とサーシャが考えてのことだ。
そんなサーシャも、アウロの言っていたあまり家にはいないという発言に触れる。
「まあ、そうなんですけど……」
アウロは実際、週に三日ほどしかいない。
いないのだが――特に休日などは騎士団長であるアウロが休みだと、サーシャも休みになることが多い。
つまり、休日が同じであるために、今日もまたサーシャとアウロは同じ家で過ごすことになる。
その点について不満があるわけではない。
ないのだが――
「……でも、部屋を覗くのはダメですよ」
「だからノックしたって言ったろ」
「私には聞こえてなかったですし、女の子の部屋なんですからっ」
「考えといてやるよ」
「そこは同意してください!」
サーシャの部屋には少し工夫がしてある。
通常、扉を開けば見えるのは簡素な部屋だ。
ベッドと逆サイドにクリンのいるスペースがある。
カーペットなどは敷いてあるが、およそ年頃の少女が住むには質素だと言えた。
――実際には部屋の中に入って振り返ると棚にたくさんのぬいぐるみが飾ってある。
棚の上の方に配置しているのはクリンに蹂躙されてしまうことを避けるためだ。
そして、アウロは部屋の扉こそ開けるが、部屋の中までは物色しない。
絶対にそれだけはしないように――とサーシャが念を押したため、少なくともサーシャのぬいぐるみ達は見られてはいない。
本当なら、寝ている時も交代で一夜を過ごすつもりだったのだが、アウロもいるし何より同じ部屋にクリンもいる。
もっとも、ぬいぐるみを抱かずとも普段はクリンのことを愛でているわけだが。
「アウロさんは休みの日はいつも家にいるんですか?」
サーシャは朝食の準備をしながらアウロに問いかける。
「休みの日だからどこか行くってことはねえな」
「旅行とかあるじゃないですか」
「馬鹿言うな。俺が旅行に行けるほど休めるか――まあ、もう知ってるかと思うが簡単な旅行レベルで遠征することはある」
「そうですよね……」
サーシャならまだしも、アウロは騎士団長だ。
長期休暇などそうそう簡単には取れないだろう。
それに、アウロが休んで旅行に行く姿など、想像できなかった。
むしろ、想像してみると少しおかしい。
「ふふっ」
「……? 何かおかしなことでもあったか」
「な、何でもない――って、あれ。食材何もないじゃないですか」
「ん、干し芋とかあるだろ」
「いやいや、干し芋とかじゃなくて卵とかお肉とか。ここに来た時はあったじゃないですか」
《魔氷庫》という、魔石を用いた食材を冷やして保存する入れ物の中身は空っぽだ。
日に日に減るだけの食材に、サーシャも二日前に買い物にいって補給したばかりだったが、もう残されていない。
「基本的には家にはいねえんだから当たり前だろ。外で食うか、軽いもんは基本だ。卵と肉はたまたま買っただけのもんだぜ」
「たまたま買ったって……まあ、アウロさんは料理とかしなさそうですけど」
「してるだろ、野営のときに」
「ただ焼くだけなら料理って言いませんよ! 栄養のバランスとか、味付けとか色々あるじゃないですか」
「食って栄養になれば何だっていいさ」
「むっ、聞き捨てなりませんね……。『騎士は身体が資本』という言葉を知らないんですか? 偏った食生活はいざという時に力が出ませんよ?」
「出なかったことがねえからな」
サーシャが何を言おうと、基本的にアウロは気にしないというスタンスを取る。
サーシャはサーシャで、アウロのそういう性格は少し気にしている。
アウロが料理をするとは思っていないが、家にいるときくらいはまともな食事を摂ってもらいたいという気持ちがある。
せっかくの休みならば、とサーシャはアウロに提案した。
「それなら、今日のご飯は私が作りますよ。アウロさん、家にはいますよね?」
「ああ、たぶんいると思うが……別に俺の分まで作る必要はねえ」
「いるならいいじゃないですか。あくまでついで、ついでですからね?」
「あの犬っころにでも手料理作ってやれ」
「犬っころじゃなくてクリンですっ! アウロさんだって、女の子の手料理食べる機会なんて中々ないですよね?」
「店の料理の方が美味いだろ」
「そ、それは店に比べたら――って、そこまで言わなくてもいいじゃないですかっ」
「無理しなくていいってだけの話だ。休みの日くらい気にせず――」
「だからついでだって言っているじゃないですかっ。もう……とにかく今日は私が作りますからね」
店の料理程ではないにしろ、サーシャが提案したからにはアウロに美味しいと言わせる必要がある。
むしろ言わせたい――そんな気持ちがサーシャにはあった。
サーシャの休日は、そんな決意から始まったのだった。




