35.騎士団長と補佐官
王都に戻ったアウロとサーシャは、一角狼を討伐したという形で報告することになる。
それともう一つ、保護という形で一角狼の子供であるクリンを連れてきたわけだが、動き回るといけないので常に抱えている状態だった。
これから、アルシエのところへと向かう予定だ。
もう支部の目の前まで来ている。
「わうっ!」
「こら、静かにっ」
「いや、狼の子供に言っても分からねえだろ」
「こういうのは子供のうちからしつけないとダメなんですよっ」
「飼い主の自覚……っていうのがあるのは構わねえが、そもそも一角狼はなつくのか?」
「わ、私が知るわけ――」
「わうっ」
言葉を遮るように、ペロリとサーシャの顔を舐めるクリン。
将来的にあれだけ大きくなるはずの一角狼は子供の頃はこんな感じだった。
親の一角狼はほとんど鳴き声などもなかったが、クリンの方は「ハッ、ハッ」という息遣いが常に聞こえてくるくらいだ。
正直、小さな角が生えている以外は犬と変わらない。
「申請書の方はアルシエに聞け。そういうのには詳しいからな」
「分かりました。戻ったら引っ越し先についても聞かないといけないですし」
「ああ、そんな話してたな――というか、お前本当に聞いてなかったのか?」
「……? それってどういう――」
「あ、サーシャちゃんっ! とヘリオン騎士団長、戻られたのですね」
サーシャに対して元気よく抱きつこうとして、アウロの姿を見てピタリと止まるアルシエ。
一応、仕事中であるという意識はあるらしい。
「ああ、さっきな」
「無事で何よりです――何よりですが、サーシャちゃん……その子は?」
「えっと、ですね……」
「一先ずは中で話せ。俺も報告書を作るからな」
アウロの言葉に従い、三人は支部の中へと入る。
そこで、事の顛末をサーシャはアルシエに伝えた。
一角狼が森にいた理由や、それを無事に倒したということも。
「そう……それで連れて帰ってきちゃったのねぇ」
(なんか……子供が犬連れて帰ってきたみたいな感じがする)
アルシエからはそんな雰囲気が感じ取られた。
そうは思いつつも、サーシャはそのまま話を続ける。
「手続きとかもあると思うんですけど、引っ越し先でもこの子を飼えるかどうか確認しないといけないなって」
「あー、そのこと? ヘリオン騎士団長が許可出したんでしょう?」
「え、そうですが……」
「なら大丈夫よ」
アルシエはそんなことを言う。
アウロにそこまでの権限があるのか、とサーシャは少し疑問に感じた。
(部屋は借りるわけだし……まさか、アウロさんが脅して許可取るって言うんじゃ――)
「ヘリオン騎士団長の家だし問題ないでしょう」
「あっ、そういうことですか――は?」
サーシャはアルシエの言葉に納得して、すぐに聞き返す。
「だから、ヘリオン騎士団長の家――」
「どういうことですかっ!」
バンッとサーシャは机を叩く。
アルシエは少し驚いた表情をしながら、
「サーシャちゃんもその場で同意してくれたじゃない」
「っ! そ、それは……」
(ぬいぐるみに夢中だったときのやつだ……)
あれから荷物の準備をしておけばアルシエの方で引っ越し先に荷物を運ぶ手配はしておく、と妙に手際が良かった。
話を聞いてなかったのならそのまま進めてしまう方が都合がいいと考えたのだろう。
「サーシャちゃんといるときの方がヘリオン騎士団長も和らいだ感じがするし、仕事も大体一緒なんだから住むところも同じの方が楽かなーって提案したら、両者合意だったんだもの」
「ご、合意って、あのときはその、あまり聞いてなくて……」
「《サボーテール》のぬいぐるみ、あげたでしょう?」
「っ、そのために私にぬいぐるみを……!」
サボーテールのぬいぐるみはサーシャへのプレゼントではなくこのときのための材料の一つだった。
もちろん、その程度のことで納得する人間は普通ならいない。
ただ、サーシャのぬいぐるみ好きは抜きん出ている。
アルシエの言葉に、「あげたのだから許容してね」という意思も汲み取ることができた。
そもそも、サーシャが聞いてなかったというのが最大の原因だ。
そこを責められたらサーシャとしても反論の余地はない。
「嫌ならどっちでも構わねえが……その一角狼のこともある。俺の目の届く範囲に置いておくっていうのは許可が下りやすいだろう。それに、俺は普段使ってねえから自由にしていい」
少し離れたところで聞いていたのか、アウロがそんなことを言う。
(確かにアウロさんと行動するのも一緒だし、お金の面も苦労しないかもしれないけど……)
遠征のときも、後半残りの日数は同じ部屋であったという事実はある。
ただ、特に何かあったわけではない。
アウロは普段外で行動をするし、サーシャの寝た頃に戻ってきて起きる頃にはいないという何とも言いがたい話だった。
(ま、まあアウロさんに限って何かしてくるってこともないも思うし、この子のこともあるし……。それに、普段いないって言うならメリットしかない……?)
すぐに近くで与えられたボールと遊んでいるクリン。
何かあったとき、サーシャ一人よりもアウロが近くにいた方がいいことは確かだった。
「……分かりました。アウロさんの家に、お世話になります」
「何でちょっと不服そうなんだ、お前」
「別に何でもないですよっ」
「ぬいぐるみパワーはすごいのね……」
「それも違いますっ!」
サーシャの新しい引っ越し先はアウロの自宅ということになったが、それでも何ヵ所もある自宅ごとに荷物を置く必要も出てくるため、結局お金がかかるという事実に後程全員が気付くのだった。
***
アウロは一人、丘の上にいた。
遠征先では酒は飲まなかったが、ここにきてまた安い酒を手に取る。
「本当にここが好きなんですね」
「……お前か」
声をかけてきたのは、アウロの補佐官であるサーシャだった。
どうしてか、彼女はここにアウロがいることを知っているかのようにやってくる。
「その、クリンのこととか、ありがとうございました。あと家のことも……」
「その方が楽ってだけだ。別に礼を言われるようなことはしてねえ」
「こういうときは素直に受け取ってくださいって」
「考えといてやるさ」
そうアウロが答えると、サーシャの小さなため息が聞こえた。
「飲み過ぎないでくださいよ」と一言だけサーシャは残して、その場から去ろうとする。
「お前は――」
「……? 何ですか」
「いや、何でもねえ」
「何ですか、それ。逆に気になるんですけど……」
「何でもねえよ。さっさと帰って寝ろ。明日も早いからな」
「……分かりましたっ」
そう少し怒ったような口調をして、サーシャは去っていく。
――お前は、フォル・ボルドーっていう魔導師のこと、何か知ってるのか?
アウロはそんなことをサーシャに聞こうとしていた。
(……くだらねえこと聞こうとしたもんだ)
アウロはまた酒をあおる。
考えるのはまた、サーシャのことだ。
サーシャは村を襲った一角狼と、同種の子供を引き取るという選択をした。
一角狼の親に出会ったときは、震えて何もできなかったと言っていた少女が、一角狼と対峙してその子供を引き取ったのだ。
(あいつの村を襲った一角狼も子供がいたのか――いや、たぶん違うな)
話によれば、その一角狼は村を襲ってそのまま去ったという。
初めから狙う意志がなければそんなことにはならないだろう。
ただ、もう五年も前の話であり、きっとその詳細についても知っているのはサーシャ本人くらいのものだ。
その話も、アウロはあまり持ち出すつもりはない。
「……色々と考えてやらねえといけないんだろうが、こういうのは苦手だな……」
気を使わないでもいい相手を選んだつもりではあったが、サーシャはアウロに対しても態度も変わらず接することはできるが、それ以外は普通の女の子だ。
アウロも色々と気を付けなればならないと思ってはいるが――おそらくできないだろうと考えている。
そうしてまた酒を飲もうとすると、
「また飲み始めているじゃないですかっ」
サーシャが戻ってきた。
アウロは少しだけ驚いた表情でサーシャを見る。
「なんだ、お前。帰ったんじゃなかったのか」
「放っておいたらいつまでも飲んでそうだったんで、戻ってきたんですよ」
「お前は俺の母親か」
「だ、誰が母親ですかっ!」
「ははっ、冗談だ。真に受けるなよ」
アウロはそう答えると、ゆっくり立ち上がる。
「仕方ねえから今日は帰るぜ」
「今日も、にしてください」
「考えといてやるよ」
「……もうっ、そればっかりなんですから」
アウロが心配するよりも、サーシャはずっとしっかりしている。
ただ、少し口うるさいところはあるが。
(……少しばかり、ここに来る機会は減るかもしれねえな)
サーシャと共にいて、そんな風に思うアウロだった。
区切りのいいところなのでここまでを第一部とします!
ここまで読んでくださいましてありがとうございます!
引き続き宜しくお願い致します。




