34.名前を付けよう
一角狼と戦って生きていたのは一人だけだった。
アウロとサーシャがやってきた時に襲われそうになっていた男――その男の証言から、一角狼を襲撃したのは金で雇われた傭兵だった。
傭兵達もまた、一角狼と遭遇はしたが襲ってこないところを見て、戦えると判断したらしい。
男の証言から、子供の一角狼を狙ったわけではないということは分かった。
結果的に子供がいたからこそ、一角狼に致命傷を与えることに成功したのだ。
傭兵達を雇った金を出したのは――薬草を必要とした村人だった。
元々、一角狼がやってきてから薬草の確保ができなくなっていた。
それを危惧した結果、対応できるアウロがやってくるのも待てなかったというところだろう。
薬草を採取した当日に傭兵がやってきたのだ。
もう少し早くやってくることができていれば、とサーシャは思ってしまう。
「……そういうこともあるってことだ。魔物に関する対応はできるだけ早くしないといけないが、それと同時に慎重さも必要になる。こればっかりは簡単なことじゃねえな」
「そう、ですね……」
アウロの言葉に、サーシャは頷いて答える。
以前、アウロも言っていた――悔いたところで取り戻すことはできないのだ。
けど、忘れる必要もない。
大きな一角狼は綺麗に生えた花の近くに埋葬した。
子供の一角狼は、相変わらず親が死んだという事実をよく理解していないようだったが、埋められたあとに少しだけ悲しそうに鳴いた。
それを聞いて、サーシャはまた子供の一角狼を強く抱きしめる。
「怪我の方は大丈夫か?」
「この子は親が守ってくれていますから、大丈夫ですよ」
「そいつじゃねえ。お前だ、お前」
「え、私ですか?」
「その包帯の怪我だよ」
アウロが指したのは、サーシャの頭に巻いている包帯のことだった。
一角狼の攻撃は防いだが、地面を転がったときにぶつけてしまい切り傷がある。
蜘蛛の魔物のときほどの怪我でないが、身体にも打撲の痕があった。
だが、サーシャは包帯を外して答える。
「大丈夫ですよ。アウロさん、意外と心配性ですか?」
「意外は余計だ。素直に心配してんだ。まあ、大丈夫ならいいが」
「……そ、そうですか」
アウロにはあまり裏表というものがない。
心配しているという事実をそのまま伝えられると、少しだけ恥ずかしい。
「怪我で言えば、アウロさんだって攻撃受けていたじゃないですか」
「お前とは鍛え方が違う。あのくらいなんともねえ」
「な、何ともないわけないですよ。前にも言いましたけど、ああいう殴り合いみたいな戦い方はダメですって」
「元々ああいう戦い方だったんだよ」
「……嘘つかないでください」
「何でお前に嘘だって分かる」
「っ、いいじゃないですか。とにかく、直す努力はしてくださいね」
「考えといてやるよ」
アウロの考えておくはきっと、その場を流すためだけの言葉だということはサーシャも分かっている。
だからこそ、サーシャが守っていくと約束したのだから。
今回は上手くいったと言えるか分からないが。
「わうっ」
サーシャの抱いていた子供の一角狼が吠える。
先ほどまでは大人しかったが、見た目からも分かるようにまだ幼い。
サーシャの手元から離れようと暴れる。
「こ、こらっ、暴れないの!」
「……一角狼の件はこれで片付いた――わけじゃねえ。そいつの面倒はしっかりみろよ」
「わ、分かっていますって。でも一角狼って子供のときはこんなに小さいんですね」
そこらで見かける犬とほとんど変わらない大きさをしている。
親の一角狼は身体の大きさだけならアウロの身長も越えるほどだった。
逆に言えば――それだけ成長するということでもある。
(うぅ、想像するとちょっと怖いかも……)
それでも、サーシャは一角狼の面倒を見ると決めたのだ。
子供の一角狼も特にサーシャに抱かれても嫌がる様子はない。
本来一匹で行動する一角狼だが、子供のときはやはり親と行動するのだろう。
そして、その親を失った一角狼は初めて見るものには興味津々だ。
サーシャにも懐くような仕草を見せている。
「名前は決めたのか、そいつの」
「確かに、一角狼ってずっとじゃ呼びにくいですしね……」
「サブロウとかどうだ」
「……何ですか、その名前」
「知らないのか。東洋では結構知られている名前だぜ」
いつの間に別の国の文化など学んだのだろう――サーシャはそう思いつつも、その名前は却下した。
可愛くない、というのが理由だ。
「サブロウはかわいい名前だと思うが」
「どういうセンスなんですか……。この子は……アレキサンドラーとかどうですか?」
「一角狼よりも長いじゃねえか。お前のセンスもどうなんだよ」
「むっ、アレキサンドラーは私の愛読する本の主人公ですっ。筋肉質の英雄なんですよっ! 丁度アウロさんみたいな――」
そこまで言ったところで、サーシャは言葉を詰まらせる。
「ん、俺がどうしたって?」
「……ア、アウロさんみたいなのとは全然違うタイプだって言ったんですっ」
「そうかよ。お前にはまだ大人の渋さっていうものが分からねえらしいな」
「何が大人の渋さですか……」
「がう?」
子供の一角狼が不思議そうに首をかしげる。
そうだ、この子の名前を決めないといけない。
サーシャは手に持ったまま子供の一角狼と向き合う。
親と同じく白い毛並みをしているが、角はとても小さい。
だが、動きや仕草は犬のようだった。
(そう言えばこの子は雄だし……可愛い名前もいいけど、かっこいい名前も捨てがたいし)
ふとサーシャは子供の一角狼の尻尾の方を見る。
相変わらず元気よく振られているが、時折くるんと尻尾が巻かれる。
そのまま振られる様は可愛らしかった。
(クルンだとクルトンの名前から取った、とか言われそうだし……)
「クリン……クリンとかどうですか? この子、呼びやすいですし」
「いいんじゃねえか。面倒見るのはサーシャ、お前だ。呼びやすい名前を付けてやれ」
「じゃあ、今日からあなたはクリンです。どうですか?」
「わうっ!」
元気よく子供の狼――クリンは返事をした。
仕事を始めたばかりのサーシャだったが、さらに一角狼の子供の親代わりとして面倒を見ることになったのだった。
こうして、サーシャとアウロは次に迎えに来る馬車に乗って王都へと戻ることになる。
一角狼の件はこれで、一先ずは片付いたのだった。
***
「ねえ、一角狼って人に懐かないって聞いたけど……」
「子供とはいえあの一角狼を手なずけるなんて……やっぱクルトン補佐官ってすごい人なんだな」
結局、第二騎士団のメンバー二人にはそう勘違いされたまま――勘違いされたことにも気付かずに別れることになるサーシャだった。
次で一章終わりくらいかなーっと思います。




