30.傷だらけの一角狼
サーシャは薬草の採取も終えて、アウロと共に村の方へと戻ってきていた。
まだ第二騎士団のメンバー二人は戻っておらず、アウロと共に宿で待つことになるが、その前に村にある小さな診療所に薬草を届けた。
「ありがとうございます。これだけあれば薬は行き渡るかと思います」
「いえ、必要があればまた採ってくるので」
「それはまたありがたいことです……」
元々は村人が交代で採取しに行っていたものだというが、《一角狼》がいる限りそれは難しいだろう。
「……そう言えば、薬草はバランスよく採取した方がいいかなって思ったんですけど。なんか根こそぎ採っているところもあったので」
「え、それは村の決まりでやらないことになっているはずですが……」
(あれ、そうなんだ……?)
そうだとしたら、薬草がなくなっていた原因はなんだろうか。
村人の誰かがこっそり通っているのか、それとも外部から採りに来ている人間がいるのか――そんなことを考えていると、
「滞在期間を考えろ。あと三日もないぞ」
少し離れたところで聞いていたのか、アウロはそんなことを言う。
診療所から出て、宿に戻る途中だった。
「い、いいじゃないですか。村のために仕事をするのも騎士の――って、後三日!?」
「ああ、一週目にも迎えが来ると言っただろ。それで戻る。決定ではないが、ほぼ問題ないだろう」
「も、問題ないって……まだ一角狼も見つけただけなのに」
「魔物に関してはある程度詳しいんでな。一角狼が何もしてこなかった時点である程度は危険がないと判断していたが、おそらく奴の縄張りの範囲でも何もしてこなかった時点で予想ができる」
「それって、一角狼の敵意がすでにないっていう話、ですよね?」
「すでに、というか元からないだろうな。刺激さえしなければ何の問題もないだろう。まあ、その話は他の二人が戻ったらする」
「いましてくれたっていいじゃないですかっ」
「なんだ、お前は答えを先に知りたがるタイプか。予想してみろ、予想」
「よ、予想って言われても……一角狼が温厚、だから?」
「半分正解だな」
「半分って……何なんですか」
「その辺りの予想も立てられるようになれ。それも第二騎士団の仕事だぜ 」
アウロの言葉に、サーシャは少しむっとする。
考えろ、と言われても情報が少なすぎる。
その辺り、アウロの今までの経験がものを言っているのかもしれない。
これが以前だったら、フォルがアウロに対して問いかけるような問題だった。
(魔法の知識や記憶があっても私じゃ分かんないし……)
あくまでサーシャが持つのは記憶のみ。
フォルという男の持つ思考までは引き継げない。
サーシャが考えていると、
「まあ、今日からは野営の必要もないかもな」
「あ、そうなんです――って、それ部屋に来るってことですか!?」
「そう言えばお前と同じ部屋だったな」
「ダ、ダメですよ! 野営してください、野営!」
「お前、仮にも騎士団長に向かって外で寝ろってか」
「そ、それはそうですけど……!」
宿の部屋はサーシャの個室と化している。
今、アウロに来られるのはまずい。
何か言い訳をしようと考えを巡らせる。
「え、えっと、その、あれですよ」
「あれってなん――」
その時だった。
アウロの声を遮るように大きな爆発音が村にまで響き渡る。
突然のことに、サーシャは反応できなかったが、アウロがサーシャを庇うような形になる。
サーシャもすぐに爆発音のした方を見る――北東の方角だ。
「い、今のって……?」
「爆薬か……それもかなりの量だ」
「爆薬……!? ど、どうしてそんなものが――」
「お前はここにいろ。もしかしたら、一角狼が来るかもしれん」
「……!」
アウロの言葉は冷静だったが、鬼気迫るものを感じさせた。
謎の爆発に対し、一角狼が少なくとも無事であり、それが原因で村にやってくる可能性がある――そこまで考えたのだ。
サーシャはすぐに答える。
「わ、私も行きますっ」
「馬鹿言うな。あくまで誰も刺激しなければ安全って話だ。今のでその話はもうないかもしれねえ」
「だったら、なおのことです。北東部にはこの村に必要な薬草があるんですから、私なら今の爆発で火災が起こっていたとしても消せます」
「……そこまで言うのなら、分かった。危険だと判断したらすぐに下がれ」
「分かりました……っ」
アウロとサーシャは何人かの村人に南西の方角へ向かうように伝えた。
何が起きているのかも把握できてない以上、可能な限り安全と思える方へと集めさせる。
そちらには第二騎士団のメンバーもいる――若いとはいえ騎士だ。
万一の場合についての行動は、あらかじめアウロからも伝えてあった。
森の中をアウロとサーシャが駆ける。
サーシャは意識的に魔力で強化して高い身体能力を得ているが、アウロは少し違う。
そもそも魔法の扱う才能のないアウロは魔力は持っていてもそれの扱い方を知らない――今だってきっとそうだろう。
それでも、サーシャよりも速くアウロの方が駆けていく。
(速い、けど……私も……!)
少しだけサーシャが速度をあげる。
煙が上がっていたのは、薬草を手に入れた森を抜けた場所の先だ。
「あの辺りに一角狼はいるだろう」
「爆発の原因は分からないですけど、あれで死んだっていう可能性はないんですか?」
「ない。それで殺せるような魔物ではないからな。目の前に爆発物があっても、爆発する瞬間に避けられるだろう」
アウロが言うのだから、きっとそうなのだろう。
そもそも、一角狼が爆発に巻き込まれたとは限らない。
だが、二人は森を抜けたところその姿を目撃した。
「な、に……?」
アウロが驚きの声を上げる。
今日見たばかりの姿とはまるで違う。
一角狼の白い毛並みの腹部から背中にかけて真っ赤な血で染まっている。
ポタリ、と滴り落ちるのは一角狼の血だ。
だが、角の先にある血は違う――人のものだろう。
周囲に何人か倒れている人間と、まさに一角狼に襲われようとしている一人の男がいた。
サーシャはその状況を見て、再び過去のことを思い出してしまう。
(けど、今は……!)
それでも、サーシャは前を見た。
「ひ、ひぃ……」
「ちっ、サーシャ!お前はここにいろ 」
「っ、は、はい」
アウロのおかげか、サーシャは幾分冷静でいられた。
だからこそ分かる――一角狼の傷は致命傷だ。




