29.薬草集め
アウロとサーシャは話を終えた後、再び《一角狼》と遭遇した場所まで戻ってきていた。
そこは森の出口とでも言っていいように、明るく太陽の光が差し込んでいる。
「この先に踏み込めばまた出てくる可能性がある。その時は――」
「後ろに下がれ、ですよね。もう大丈夫ですから」
「そうか」
もし一角狼が出てきた場合、今のサーシャでは足手まといにしかならない。
それを理解した上で、サーシャはせめてアウロの邪魔にはならないように行動すると決めた。
アウロとサーシャが森を抜ける――
「!」
サーシャは驚きで目を見に開いた。
そこに広がっていたのは、色鮮やかな花の群生。
種類は豊富で、《カルカサ》や《メリュー》といった王都でも見られるものから、《アルメフ》という珍しい花まである。
サーシャはそう言った花の種類には少し見識があった。
「綺麗……森の抜けた先はこうなっていたんですね」
「森を抜けたわけじゃないがな。ここは木々に囲われた広場みたいなもんだ。まあ、それでも綺麗な場所ではあるが」
「アウロさんにも花が綺麗だ、とか分かるんですね」
「……お前、俺を何だと思ってる?」
冗談ですよ、とサーシャは微笑みながら、《魔力痕跡》を探る。
綺麗な花たちの間を縫うように、大きな足跡が残されている。
まだ新しく、形状からしても一角狼のもので間違いない。
「この先……また森の方に続いているみたいですね」
「……ここに何かある、わけじゃないってことか」
アウロが考え込む仕草を見せる。
その間、サーシャは手に持ったカゴに詰めるための薬草を探し始める。
今日の目的は薬草の入手までだ。
(それにしても、村の近くにこんなところがあるなんて、羨ましい……)
サーシャは素直にそう感じていた。
サーシャが以前住んでいた村にも、クルトン家に引き取られてからもこういう場所が自然にあったことはない。
クルトン家の方は、庭先に色々と花が植えられているが。
花の香りを楽しみつつも、サーシャは目的の薬草を探す。
広い場所だが、薬草があるのは村の方面から来て入り口の方にあると聞いていた。
「たぶんこの辺りだと思うんだけど……あ、これだ」
サーシャが見つけたのは青紫色という珍しい色をした葉だった。
《マルクーフ》の葉は微量ながらも魔力を帯びていて、その影響から葉の色が特徴的になる。
(結構いっぱい生えてるけど、一日に抜く量は決まってるんだよね)
村の近くに植生するマルクーフを採取しすぎてしまえば、新しいマルクーフが育たなくなってしまう。
サーシャもカゴに入れられる程度で採るのをやめるつもりだ。
「……?」
サーシャが目にしたのは、マルクーフの葉が一区画分丸々なくなっている光景だった。
ごっそりとその部分だけマルクーフの葉がなくなっている。
(村ではああいう採り方なのかな? バランスよく採取した方がいいと思うけど……)
サーシャはそう考えて、気にすることなくマルクーフの葉を採取していく。
「これだけ広いと一角狼が来ればすぐに分かりそうだが、気配もねえな」
「さっきもただ匂いを嗅いでいなくなってしまいましたけど……まさか見に来ただけとかじゃないですよね?」
「……いや、あながちあり得ない話じゃねえ」
「え?」
「ある程度知性のある魔物なら、戦う相手を選ぶ場合もある。それと敵意だな。俺達はあくまで一角狼に対して敵意を向けてない」
「……あれで向けてないんですか」
サーシャの素直な感想だった。
一角狼とアウロが向き合ったとき、互いに牽制するかのような威圧感はサーシャにもよく伝わってきた。
一触即発とはまさにあのことを言うのだろう、と。
「警戒するのと敵意を向けるのはまるで違う。俺が剣を抜いていたら開戦してたかもしれないがな」
「……なら、一角狼にも敵意はないってことですか?」
「あればとっくに襲ってきてるだろう。警戒はすれども、追いかけては来ない。この辺りを縄張りにしているようだが、極力戦うことは避ける――こうなってくると、ある程度絞られてきたな」
「え、どういうことですか?」
「後で話す。それよりも、薬草が集め終わったらさっさと戻るぞ」
「わ、分かってますよ。――というか、一角狼が来ないって分かったなら少しは手伝ってください。結構根が深いんですよ」
「来ねえとは言ってねえ。俺もいつ来るんじゃねえかと身構えてるからな」
それを言われたら、サーシャは返す言葉もない。
一人薬草集めをしながら、時折周囲の景色を楽しむ。
一角狼がいるかもしれない――そんな場所でも、景色を見る余裕くらいはできていた。
結局、サーシャが薬草を集め終わる頃になっても一角狼が姿を現すことはなかった。
「集め終わりましたよ」
「よし、じゃあ戻るか」
アウロはそう言って、サーシャから薬草の入ったカゴを取る。
「あ……手柄の横取りですか?」
「人聞きの悪いこと言うな。戻るときくらいは持ってやろうっていう優しさだ」
「アウロさんにもそういう優しさあったんですね」
「……お前は俺をどういう目で見てるんだ」
「そういう目、ですよ」
そうは言いつつも、サーシャはアウロがそういう人物だということを理解している。
今日の任務を終えて、二人は村の方へと戻っていった。




