27.告白
アウロが《一角狼》と対峙する。
丁度森を抜ける辺りの、少し離れたところから一角狼はこちらの様子をじっと見つめていた。
アウロの方は動く様子はない。
静かな森の中に広がるのは威圧感――アウロと一角狼が向き合うだけで、それが強く感じられた。
サーシャはただ、それをアウロの後ろで見ていることしかできない。
「……」
アウロが背中の剣に手を伸ばす。
構えはするが、剣を抜く気配はない。
一角狼はアウロとサーシャを見つめたまま動かない。
その後方には、草原が広がっている。
(あ、あの先に何か……?)
サーシャはそう考えたが、一角狼は不意に視線を反らした。
すんすん、と周囲の匂いを嗅ぎ始める。
やがて、アウロとサーシャに興味がなくなったように、大きな身体を翻していく。
現れたのも一瞬だったが、姿を消すのも一瞬だった。
何事もなかったかのように、静かな森に戻る。
サーシャは力なくその場にへたり込んだ。
「行ったか――っておい、大丈夫か?」
「は、はい……」
サーシャは何とか頷いて答えるくらいのことしかできなかった。
おそらく、間近であの一角狼を見たのはアウロとサーシャだけだろう。
村人や団員が見たのはあくまで離れたところからだ。
あれだけの存在感を示しているというのに、アウロに言われるまでサーシャは気付くこともできなかった。
(私……何も、できな――)
「いつまで落ち込んでんだ」
そんなサーシャの頭を、アウロが乱暴に撫でる。
サーシャの頭が揺れた。
突然のことで、サーシャは動揺しながらもアウロの手をはねのける。
「な……ちょ、何するんですかっ!」
「へこんでんじゃねえって言ってんだ」
「別に、へこんでなんか……」
「お前があれに怯えてるのは分かる」
「っ!」
アウロが迷うことなくそれを口にした。
アウロから見ても分かってしまうほどに、サーシャの様子はおかしかったということだ。
「理由はどうあれ、怖がることは悪いことじゃねえ。誰だって苦手なものはある」
「……もし、一角狼が襲ってきたら何も、できなかったかもしれないです」
「俺はお前を戦わせるために連れてきたわけじゃねえ。だが、お前が行くという意思を見せたから連れてきた。それだけだ」
「でも! それじゃあ何の意味もないですっ!」
「お前が来た理由は一角狼と戦うためか?」
「! そ、れは……」
本音を言えば、そうなのかもしれない。
サーシャ自身、村を襲った一角狼を許すことはできないからだ。
「お前は俺の補佐官になることを拒んでたが、蜘蛛の魔物を倒して、女の子一人助けてから補佐官になってもいいと思ったんだろ。それがお前がここに来た理由じゃないのか?」
「……っ」
サーシャがここに来た理由――きっと、一角狼が関わっていなければ、サーシャは村の人達のためだと行動していただろう。
今は、それができていない。
アウロの言葉で、そのことに気付かされる。
「別に戦えなくたっていい。そういうのは俺の仕事だ。お前はお前の役割を果たせ。無理なことがあれば俺に頼ればいい。俺もお前に頼ることはあるからな」
(そんなこと……)
言われなくても、頼ってもらうつもりでいた。
けれど、サーシャはアウロに頼るつもりはなかった。
サーシャはアウロを守るつもりでいて、サーシャ自身もまた、アウロに守られると約束した。
それなのに、サーシャはアウロに頼るということを考えていなかったのだ。
「……さて、逃げたとはいえまだ近くにいるかもしれねえからな」
アウロが立ち上がり、一角狼の去った方を向く。
すでに一角狼の気配はなく、残されたのはアウロとサーシャだけだ。
サーシャはそんなアウロの服の裾を掴む。
「なんだ、腰が抜けたとか言うんじゃねえだろうな」
「……そう、ですけど」
「……マジか」
「た、頼れって言ったじゃないですか」
アウロがたった今、言ったばかりの言葉だ。
こんなにも早くアウロに頼ることになるとは思ってもいなかったが。
「少しだけ休んでいくか」
「はい……すみません」
「気にしなくていい。だが、ここから少し距離は取るぜ。まだあいつの縄張りの可能性があるからな」
「分かりました。それと、一つだけ話しておきたいことがあります」
「なんだ?」
「――私の村は、一角狼に襲われました」
サーシャは俯いたまま、アウロにその事実を告げたのだった。




