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26.一角狼

 二日目、三日目と特に大きな変化もなく――村周辺での調査の結果は、《一角狼》は北東付近に縄張りを置いているという結論となった。

 問題は、《放浪型》と呼ばれる一角狼が一ヶ所に留まっていることだ。

 放浪型の魔物は本来、一定の住処を持たずに転々としているものだ。


 そうなってくると、いよいよ北東付近の森で一角狼自体を確認することになる。

 騎士団のメンバー二人については村の方で待機とし、アウロとサーシャが森の方へと向かうことになっていた。


「この森の奥地には《マルクーフ》の葉が生えているらしい。水の件もあるが、それが採れないのが困るっていう話だ」

「薬草の一種、ですよね」

「ああ、病の特効薬にも使われるって話だ。この村にはそういう病気を治すためにきたやつもいるらしい。つまり、薬草が採れない期間が長引くのは良しとしない」

「まだ予備はあるってことですか?」

「基本的には採取してから三日間ほどがもっとも効果のある時間だそうだ。村の方ではもう薬草は残ってねえ」


 一角狼がいる地帯に薬草が植生している――いついなくなるかも分からないのでは、病気の村人の薬が用意できない。

 特に、もう村に薬草がないと言うのなら入手が急がれる。


「今回はその植生地帯も目指す。薬草手に入れて戻る、までが任務ってことだ」

「そのためにカゴ、持ってきたわけですしね」


 サーシャが手に持っているのは少し大きめのカゴ。

 一角狼の本体の確認と、薬草の採取がアウロとサーシャの目的だ。

 ただ、サーシャには気がかりなことがある。


(一角狼が、どうして村の近くに居座るようなこと……。やっぱり、村を襲おうと……? でも、それならとっくに来ててもおかしくないし……)


 アウロも同じ疑問は感じているだろう。

 一角狼に関する報告書だけを見れば、希少種で温厚な性格ということや、角で戦うということ以外に目立ったことは書かれていない。

 希少種の魔物というのは、それだけ情報が少ないのだ。

 それと、サーシャはもう一つ気にしていることがある。


「……もし、一角狼に遭遇した場合はどうしますか?」

「前にも言ったろ。必要があれば戦う」

「その必要っていうのは、襲いかかってきたらってこと、ですよね?」


 サーシャもすでに分かっている。

 村の近くで一角狼と戦うことになれば、その方が被害は大きくなる可能性がある。

 それを避けるなら、戦わない方がいいに決まっている。


「逆に聞くが、お前は戦いたいのか?」

「っ、そんなことは、ないです。戦わなくていいならその方がいいに決まっています」


 サーシャは思っていることを口にしたが、同時に嘘をついた。

 一角狼についてだけは、もし村を襲ったものと同じなら――サーシャは戦う道を選ぶかもしれない。

 ただ、その戦いにアウロと村の人々は巻き込みたくはない。

 その葛藤がサーシャにはあった。


「お前が何を気にしてるのか分からんがな……仮に戦闘になった場合は、お前は下がれ」

「な……どうしてですかっ!」

「お前は一角狼の話のときはどうも冷静じゃない感じがする。そういうやつは戦いのときには足を引っ張るからな」

「わ、私は冷静です!」

「それを判断するのはお前じゃなくて俺だ。ここからは一角狼が陣取っている場所なんだぜ。俺の命令には従ってもらう――分かったな?」

「っ……はい」


 サーシャもアウロにそう言われて、納得するところがあった。

 一角狼の話のときは、サーシャはどうしても冷静ではいられない。

 きっと本物を前にしてもそうだろう。

 サーシャの中に渦巻く感情は、怒りと恐怖。

 相反するような感情が、サーシャにはあった。


 一角狼が目撃された付近を通り過ぎた二人は、そのまま薬草が生えている場所を目指した。

 森を抜けて少し広い草原のような場所があり、そこに薬草は生えているという。

 アウロを先頭に、サーシャも警戒は怠らない。

 森の中では、一角狼以外にも魔物がいるはずだが、この村の近辺には元々狂暴な魔物は少ないらしく、すんなりと草原の近くまでやってこられた。


「……」

「……」


 無言のまま、二人は歩を進める。


(怒ってる、かな。あまりしつこく一角狼との戦いについて話したりしたし……)


 アウロの表情はうかがうことはできない。

 サーシャとしても、アウロに迷惑をかけるつもりはなかった。


「あの……アウロさ――」

「サーシャ、そのまま俺の後ろにいろ」

「え……?」


 サーシャが声をかけると同時に、それを遮ったのはアウロの声だった。

 アウロの背後から、サーシャがその姿を確認する。

 それは突然、二人の前に現れた。

 大きな身体に白く美しい毛並み。

 そして、額には特徴的な鋭く尖った一本の角――


(一角、狼……!)


 およそ数年ぶりに見るその姿に、サーシャの身体は震えた。

 抑えようとも抑えきれない――恐怖の感情の方が上回る。


(角も、傷付いてない。目も、違う……こいつは、私の村を襲ったやつじゃない……なのに、どうして……)


 サーシャの村を襲ったものとは違う一角狼だった――それでも、サーシャにとってのトラウマを呼び起こすには十分だった。

 覚悟はあったはずなのに、目の前にすると一瞬で砕かれてしまう。


(わ、私――)


 そんなサーシャに対して、アウロは振り返るわけでもなく、ただ優しく頭を撫でる。


「アウロ、さん……?」

「心配するな」


 そう一言だけ声をかけてきた。

 そんなアウロの姿が、サーシャにはとても頼もしく見えたのだった。

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