25.野営をする者
――夜、アウロが戻ってくることもなく、サーシャは一人宿の部屋にいた。
宿での夕食の時間にも戻ってくることはなく、呼びに行こうかとも考えていたが、結局夜を迎えてしまった。
(私に気を使って……っていうわけじゃないんだろうけど。たぶん、本当に仕事してる)
魔物は夜に活動が活発化するものもいる。
朝や昼の時間だけでなく、アウロは夜中の動向も見ておきたいとのことだった。
それはきっと正しいことなのだろう。
(けど、それじゃあ休む暇もないと思うんだけど……)
騎士も当然、人を守る仕事とはいえ休日というものは存在する。
アウロが休んでいるところを、サーシャは見たことがない。
(まあ、今は休むことを考えてる場合じゃないよね)
アウロのことは気がかりではあるが、今考えなければならないのは《一角狼》のことだ。
明日の調査も引き続き同じように痕跡を探すことになるが、今の時点で一角狼の行動範囲が限られているのが分かる。
アウロは危険さえなければ戦うことはないと言っていたが、サーシャからすれば――村の近くで一角狼が陣取っている時点で十分に危険なことだった。
「……ふぅ」
サーシャは小さく息をはく。
ベッドの上で座り込むと、意識を身体の中に集中させた。
サーシャが行っているのは、修行の一つだった。
身体に流れる魔力を意識し、それを高めていくこと。
より強い魔力にも耐えられる身体を作ることで、サーシャの使える魔法の範囲を広げる修行だ。
魔法と魔力の扱い方に関しては、すでにサーシャは十分に扱えていると言える。
ただし、扱える範囲はそれほど広くはない。
魔法にも種別によって得手不得手というものは存在しているし、サーシャはどちらかと言えば《支援》に特化している。
直接魔物と戦うようなことは、実際のところ向いていないのだ。
一週間という短い時間だったが、サーシャは夜遅くまでこの修行を毎日続けている。
常に最大限に力を使うことで、短時間で力をつける道を選んだ。
「……これで二十分くらい、かな」
十分間常に全力を出し続けるというのは、それだけでも負担がかかる。
以前、目に魔法効果を付与した状態で痛みが走ったように、まだ若いサーシャの身体には負担の大きい方法だった。
身体の中を巡る魔力がより加速し、熱感を伴ってくる。
それを超えると、痛みとして身体の限界を知らせる。
痛みに耐えて魔法効果を身体に付与し続けた場合、強制的に効果が切れるか、身体の方が限界を迎えてしまう。
サーシャが引き延ばそうとしているのは、その限界時間だった。
単純に本気の状態で戦える時間を伸ばし、魔力に耐える身体を作ることはより大きな魔法を行使する上でも役立つ。
サーシャが身体に痛みを感じるまでがおよそ十五分。
痛みを感じながらも、さらに五分間は魔力を身体の中で流し続ける。
(一週間前より一分くらいだけど、限界時間は延びてる。この方法なら……)
本気で戦える時間が一分延びれば、それだけでも十分に戦いに有利に働く。
これに加えて、サーシャは実際により強い魔法を使用する修行も行っている。
発動するわけではなく、発動する前段階までの準備を行う。
《魔法印》の輝きの強さで、発動できるかどうかが分かるのだ。
ただ、魔法を発動する手前であることには変わらないので、サーシャはこの修行を外で行うようにしていた。
(アウロさんがいるのはたぶん北東だから、私は南西の方かな)
宿から出たサーシャは、アウロがいる方角とは逆の方へと向かう。
――向かおうとしたのだが、サーシャは一度反転して北東の方へと向かった。
少しくらいは様子を見てこよう、とサーシャは考えたのだ。
北東の森と言っても範囲は広くなるが、アウロが野営をしていたのは村からそれほど離れておらず、火を焚いていたために煙ですぐに見つけられた。
「こんなところにいたんですね」
「お前か」
焚火の前で何かを焼くアウロに、サーシャは声をかける。
おそらく村の近辺にいた魔物の類を捕まえたのだろう。
その肉をアウロは焚火で焼いているところだった。
「……ってなんだ、その服」
「へ――あ、ね、寝巻ですよ!」
サーシャは特に意識していなかったが、アウロに言われてハッとする。
今のサーシャは制服でもなければ私服でもなく、寝巻のままやってきていた。
アウロから突っ込みを受けなければ特に気にすることもなかったのだが、可愛らしい猫の顔がいくつか刺繍されている。
「見りゃ分かる。寝巻で来たのかってだけだ」
「そ、そうですが……ダメですか?」
「いや、お前そういうの結構好きなんだなって思っただけだ。似合ってるぜ」
「……それ褒めてるんですか?」
「似合ってるは褒め言葉だろ」
アウロの言い方だと子供扱いしているような、そんな雰囲気を感じる。
サーシャの年齢からすれば気にするようなことではないが、同じ年齢の子に比べても、サーシャは小柄だ。
だから、あまり子供扱いされることを嫌っている。
「……まあ、褒め言葉として今回は受け取っておきます」
「素直に受け取れって」
サーシャはそのまま、焚火越しにアウロの対面に座り込む。
アウロは何か言うわけでもなく、焚火の方を見ているだけだった。
「普段からそうなんですか?」
「野営の話か?」
「そうです。村に来たばっかりだっていうのに、ろくに休んでないじゃないですか」
「俺は鍛え方が違うからな。心配しなくても休むときには休んでる」
「別に心配は……まあ、少しはしていますけど」
「なんだ、心配はしてくれてんのか?」
「私が補佐官になったからには、アウロさんの体調管理をするのも私の務めだと思っているので」
「そこまでは必要ねえよ」
アウロはそう言いながら、焼いた肉の刺さった棒を一つ手に取って食事を始める。
サーシャとしては、一先ずアウロの様子を見に来ただけだ。
きっとサーシャが休めと言っても、アウロはそうはしないだろう。
「お前も食うか?」
「もうお腹いっぱいなので、アウロさんがしっかり食べてください。宿のお料理だって美味しかったんですから……食事の時くらい戻ってきてもいいんですよ?」
「考えておく。初日はあくまで様子見だからな。俺もずっと野営するわけじゃねえ」
「そうですか。なら、少し安心しました」
「俺の心配より、お前はしっかり休めよ」
「休んでますよっ! アウロさんがいないのでしっかりくつろがせてもらっています」
「……なら、帰ってそのまま寝ろよ。今のお前は疲れてるみたいだからな」
「っ! い、言われなくても戻ります。明日の朝はまた宿の方に戻ってきてくださいね」
「ああ」
アウロに言われて、サーシャは立ち上がってその場を去る。
そのまま反対側の森に向かうつもりだったが、
(今日は、戻ろうかな)
アウロのことが心配で見に行ったのに、逆に心配されるとは考えていなかった。
決して、心配してもらったからではないとサーシャは自身に言い聞かせる。
言い聞かせながら――今日のところは、素直にアウロの言うことに従うことにするサーシャだった。




