22.一角狼の調査
《カヤール》の村は小さな村ではあるけれど、宿屋はあった。
定期的にやってくる行商人や旅人――それに、民間の依頼という形ではあるけれど、《冒険者》がやってくることもある。
はっきり言ってしまえば、騎士団だけで魔物への対応が追い付かない場合がある。
実際、地方であればあるほど、冒険者という職業が目立ってくる。
王都でも活躍している者はいるが、それは少数派だった。
実力のある者ならば、騎士として所属する者の方が安定するという現実もある。
もちろん、実力があっても冒険者という自由な職業に就いている者もいるが。
カヤールにはそうそう冒険者がやってくることはなく、それこそ騎士達も高い頻度ではやってくることはない。
それだけ平和な村ではあるのだが、今回騎士団のメンバー二人が派遣されたのはまったく別の魔物の調査のはずだった。
その途中で《一角狼》を目撃したというのだ。
「以前見かけた《報告書》とも情報が一致しており、村から少し離れた川の近辺で毛の一部を発見しています」
「一角狼の毛か。よく判別できたな」
「その時点ではまだ新しいものだったので、彼女の《鑑定》の《魔力特徴》が一致しました」
鑑定というのは、いわゆる魔法士官の使う魔法の一つだった。
魔力の特徴をあらわにして見せることができる。
その特徴が、報告書にある一角狼と一致しているとのことだった。
「この近辺にいることは間違いないな。目撃した場所は?」
「この、北の森に抜ける方面です」
テーブルの上に広げられた地図に、青年騎士がマークを付ける。
目撃された場所と毛の一部が発見された川の距離はそれほど離れていない。
(行動範囲がかなり狭い……?)
地図を見た第一印象はそれだった。
他にも足跡などが発見された場所にマーキングを付けていくが、かなり限定的な範囲に限られている。
確かに村の方には近いが、必要以上には近づこうとはしていない。
――かといって、その近辺には近づくことは許さないという意思が読み取れた。
「狭いな、かなり」
「はい……村人でも川の近辺で目撃した、という情報はありますが、今まで襲われたという情報はありません。北の方には近づかないようにしてもらっていますが、その他の地域では目撃情報や痕跡は発見できておらず……」
「いや、二人で十分に調べてあるな。ここからは俺とサーシャも加わって調査する。お前たち二人は西側を。俺が北と東の方面を見る。サーシャ、お前は南側だ」
「! 南、ですか?」
「何かあるか?」
「……いえ」
(私が一番安全な方向、ってことになるよね)
どちらかと言えば、アウロの向かう北東側以外には目撃情報はなく安全と言える。
騎士団長であるアウロがもっとも危険な場所を調査するのは当たり前のことだが――
「……アウロさんだけでは万が一のときに連絡手段がないと思います」
「緊急時の、ってことか」
「はい」
サーシャを見るアウロの目が少しだけ鋭くなる。
以前――サーシャが見せた緑の光のことを、アウロは言及してきてはいない。
あの光についてアウロがどう考えているか、サーシャにも分からない。
「連絡手段を含めて騎士と魔法士官が二人で行動するのは基本――な、なんでもないですっ!」
女性の魔法士官がそこまで言ったところでそう言葉を濁した。
アウロの表情の威圧感に気付いたのだろう。
「……お前、まだ怪我が治ってないだろ」
「そんなこと心配していたんですか? もうこの通り、大丈夫ですよ」
サーシャは自身の腹の部分をポスッと軽く小突く。
一週間もあれば、ひび程度なら軽く治せる。
「だがな……」
「一角狼の件はアウロさんが直接出向くほどの件なんですよね? 私のことを気にするような場合ではないと思います」
「それは、そうだが――分かった。俺とサーシャは北東。お前たち二人は南西だ。このペアでしばらく調査を継続する」
サーシャの言葉を聞いて、アウロも一瞬悩んだようだが、アウロの方が折れた。
サーシャの言い分の方が正しい。
心配すべきはサーシャのことではなく、一角狼の迫る村の方なのだから。
こうして、一角狼の調査が開始されようとしていた。
***
「クルトン騎士団長補佐官すごくない? あのへリオン騎士団長押してたよ」
「見かけによらず怖い子なのかもなぁ……」
別れた二人組がそんな会話をしていることは、サーシャが知るよしもない。




