16.部屋探し
机の上に色々と紙を広げてアルシエが唸る。
そこに書かれているのは何故か一軒家の物件――どう見てもサーシャが利用するようなものではない。
さすがにアルシエもサーシャに一軒家を紹介してくることはなかった。
「そうねぇ……騎士団で用意した寮もあるのだけれど、第二騎士団はさっきも言った通り色々なところに派遣される形になるからあまり意味がないのよね」
「それなら、第二騎士団の皆さんはどうしているんですか?」
「遠征なら宿だし、ヘリオン騎士団長は王都内にいくつか拠点を持っているわね」
「拠点って……家ですよね?」
「ヘリオン騎士団長の自宅はどこにあるか知らないけど、拠点って言い方してるわねぇ」
休める場所のことを拠点と呼んでいるのかもしれない。
おそらく借りているのだろうが、王都内にいくつか部屋を持っているというあたりはさすが騎士団長といったところだ。
部屋を借りる場合でも騎士団に所属していればそれなりの補助は受けられるとのことだが、さすがに複数の部屋を借りることができるほどサーシャに余裕はない。
「たとえばどんなお部屋がいいのかしら?」
「別にこだわりはないですけど……。まあ、しいて言うならベッドが置けて、壁際にある程度物が置けるスペースがあればいいですね。日当たりも良い方が――」
「結構こだわりない?」
サーシャの要望にアルシエが突っ込みを入れる。
サーシャは少し困惑した様子で答える。
「そ、そうですか? 日当たりはなくてもいいですけど……」
「その中であえて日当たりを捨てるのね。壁際のスペースって、本棚でも置くのかしら」
「あ、いえ、そうではないんですけど……」
サーシャもそこを聞かれるとは思っておらず、歯切れが悪くなってしまう。
いっそ本棚を置くと真っ当に答えておけばよかったのだが、部屋を探してもらう手前、サーシャは迷いながらも答える。
「棚ではあるんですけど、少し奥行きがほしいというか……」
「奥行き? 何か置くの?」
「ま、まあ……ぬいぐるみ、とか」
「! サーシャちゃんそういうの集める趣味あったのね!」
サーシャの言葉を聞いて、何故かアルシエが嬉しそうに手を合わせる。
サーシャの雰囲気からして、部屋は質素なものか魔法関連の書物ばかり並んでいる――そう思われがちだが、そんなことはない。
フォルの記憶と知識があるサーシャには、基礎的な魔法に関する書物は必要ない。
もちろん、魔法について学ぶことは今でも好きだが、サーシャの趣味は別にある。
「集めるのが趣味というか、見たり触ったりするのが好きなだけです」
「そういうのを趣味っていうのよ。そんな恥ずかしがるようなことではないと思うけれど」
「人に言うような話でもないので……」
「でも部屋探しでは重要なポイント、というわけね。日当たりより」
「そ、そうですよっ。ダメですか……?」
「ううん、ダメなんてことはないわ。こだわりポイントがあるならしっかり言ってもらった方が助かるもの。ぬいぐるみはわたしも好きよ」
アルシエがそう何気なく答えた言葉に、サーシャの方が食い付いた。
「いいですよね、ぬいぐるみ!」
「え? ええ、可愛いものとか多いものね」
「そうなんですよ! 素材から何まで拘ったものは長持ちしますし、魔物みたいな禍々しい感じはなくて、可愛さだけを強調しているみたいな……それでいてつぶらな瞳でこっちを見てくるんですよ。お店にそういうの並んでいるの見たら買いたくなりますよねっ!?」
「え、えっと……そうねぇ……変なスイッチ入れちゃったかも」
アルシエの呟き声はサーシャには届いていない。
部屋探しの話から、ぬいぐるみ談義へと話が移ろうとしていた。
「ちなみにアルシエさんはどんなぬいぐるみ持っているんですか?」
「家にあるのは《サボーテール》のぬいぐるみだけど……」
「サボーテール! あのとげとげした感じ、私もすごく好きです!」
「あ、知ってるのね……。というかサーシャちゃん、魔物は苦手じゃなかったのね」
「……ぬいぐるみに罪はありませんよ?」
サーシャははっきりと答える。
サボーテールは砂漠地帯に住まう魔物であり、《植物獣類》という珍しい魔物だった。
全身がサボテンなような針で覆われており、長く太い特徴的な尻尾を持つ。
見た目に反して温厚な性格であることが特徴的だった。
確かにサーシャは魔物が苦手であり、本物と対峙すること自体は勇気のいることだった。
それは今も変わらないが、ぬいぐるみという存在はまるで別だ。
襲ってくるわけでもないし、むしろ癒してくれる存在――クルトン家に引き取られた頃にもよく買い与えられたものだった。
「サーシャちゃんがそんなに好きならサボーテールのぬいぐるみ持ってくるけど」
「! いいんですか?」
「ええ、それ抱きながらでもいいから、そろそろお部屋探ししましょう」
アルシエの提案はサーシャを落ち着かせるためのものだった。
サーシャも部屋探し、という言葉を聞いてハッと思い出したように我に返る。
「す、すみません。こういう話できる人あまりいないので……」
「いいのよ、わたしにはそういう話どんどん聞かせてほしいわ。ちょっと待ってて、持ってくるから」
「あの、いえ、別に――」
持ってこなくても大丈夫です、とサーシャは言うつもりだったが、そそくさとアルシエは二階の方へと上がっていく。
第二騎士団の支部でありながらも、二階はアルシエの自宅と化している。
帰宅するのもすぐだ。
「せっかく部屋探ししてもらってたのに、変なところで盛り上がって……気を付けないと」
「部屋探し……ってことはあれか。追い出されたのか?」
「だから変な言い方しないでくだ――って、アウロさん!?」
ガタリとサーシャが驚きのあまり椅子から落ちそうになるのを、アウロが支える。
「おいおい、怪我してんだから気を付けろ」
「す、すみません――じゃなくて、いつからここに……!?」
「たった今だが」
アウロの言葉を聞いて、サーシャはホッと胸を撫で下ろす。
どうやらぬいぐるみ談義については聞かれていないらしい。
一先ずは安心――
「サーシャちゃん、ぬいぐるみ持ってきたわ――って、あら?」
「……ぬいぐるみ?」
「あ……っ! いや、その……あのぬいぐるみのサイズの本棚を置こうとしてて、そのサイズが知りたくて、ですね!」
「また変な測り方だな……」
別に知られても問題のない趣味なのだが、サーシャ自身もよく分からない言い訳をする。
アウロの表情は余計に困惑したものとなるのだった。




