番外:家の料理のあれこれ
昨今、いい店といっても、とんと思いつかぬ。
そもそも夏場は古くから夏枯の時期、うまいものが皆無とは言わないがけして多くは無い。
先日も『前川』に行ってきたが、燦燦たる太陽にあたっては肉も野菜も萎れるのかも知れぬ。
そういうわけもあって、家で食べることもあるのが昨今の私なのだ。
家では、まず出汁だ。
先般、実家からよい昆布と、パックの鰹節を送ってきたので、最近では専らこれを使う。
昆布を10cm角に切り、沸騰する直前の湯にさっさと潜らせる。二、三度でよい。
続いて鰹節を一つまみ。 これをぱらりと一番出汁になるべき湯にふりかけ、ゆらゆらと揺らめきながら沈むその鰹節が鍋底に接するや否や、火を止める。
火は無論、昆布・鰹が出場した段階で弱火であること、言うを俟たぬ。
しばらく経って鰹節を取り出し、布で濾せばそれだけで一番出汁だ。
妻はこれを、主に汁椀と炊き合わせなどに使っている。
では、味の濃い煮物などは? というと、こちらが二番出汁だ。
一番・二番と言うと聞こえが悪いが、要は濃度の違いだ。
一番出汁が端麗を持ってその美点とするのに対し、二番出汁は濃厚、旨味をもってよしとする。
そして、一番出汁の後に二番出汁は取れるが、逆は絶対にありえない。
現代人の味覚は二番だしをこそ良しとするかもしれないが、日本人の築き上げてきた味覚は一番出汁の淡く、優雅な味を読み取る繊細さにこそあると思う。
妻は、少女の頃茶道を学んだことがあるという。
先生が裏千家の何とやらという師匠で、随分と厳しく教わった。
こと茶道の作法に限らず、茶室の掃除を介した日本間の掃除、水仕事、庭掃除、煙草盆と煙管の手入等、年端も行かない少女だった妻は苦労したそうだ。
その中に、会席料理――茶懐石の食作法もあった。
今は妻に和食を作らせると、やはり懐石風に作る。
試みに、先日の献立を紐解けば。
まず先付に、香の物。
酒は白い酒器に、志野のお猪口が添えてある。酒の銘は私が好きな『真澄』。
焼物は、鯖。苦心して近所の商店街から取り寄せたそうだ。
私が鯖が好きなので……
煮物は、大根と牛蒡・蓮根の筑前煮ふう。
刺身は、湯葉。
飯はどこか懐石風に十字に盛られた麦飯に、香の物、赤味噌の椀だった。




