13. 銀座 資生堂パーラー
私は、既に承知の通り、愛好家といってもいいほどの池波正太郎好きだ。
その池波正太郎は若いころ、日本橋の兜町で株屋の丁稚をやっていた。
当時の人に多くあったことだが、尋常小学校(今の小学校)を卒業してすぐ、就職したのだ。
池波少年は当時、相当血の気が多かったらしく、以前本稿に書いた神田の鳥鍋屋『ぼたん』でも、以前別の店で店員にセクハラしようとして池波が止めた男とばったり会い、店の外に出て乱闘したなどと書いている。
その時一緒に男と戦ったのが彼のエッセイによく出てくる友人・井上留吉氏で、彼(もしくは彼のモデルになった友人)とは上野のレストランから浅草界隈の鰻や蕎麦、神田から銀座まで、
相当に食べ歩いたことを彼自身が懐かしそうに書き残している。
銀座の『資生堂パーラー』も、そうして彼が食べ歩いた店のひとつだ。
化粧品メーカーとして名高い資生堂株式会社は、明治5年、まだ幕末の余燼残る銀座に、当時帝国海軍病院の薬局長だった福原有信氏が銀座に民間では初の洋風調剤薬局として開店したところから歴史が始まっている。
有信氏の息子、福原信三氏は薬局であった資生堂の化粧品部を母体に、今の資生堂の基礎を築き上げると共に、写真家、また文化人としても名高い。
洋酒のカクテルを日本に本格的に紹介した一人でもあり、著書は、私が池波と同じほどに好きな古谷三敏氏の愛読書となっているほか、同じく好きな子母澤寛も記者時代に福原信三氏にインタビューし、名著『味覚極楽』の第二回で取り上げている。
それによると彼は戦前の日本人にしては珍しく完全な洋食主義でほぼ毎日三食が欧米風、オレンジを絞った今で言うオレンジの生ジュースを朝に飲んでいたという。
また、アメリカ旅行の際には海水浴場に行き、そこで今で言う『海の家』で蛤の蒸し焼きをアメリカ人と一緒に食べたなどと、面白いことを喋っている。
そんな福原父子であるから、化粧品や薬を売る傍らで、喫茶部を作ってソーダとアイスクリームを売り始めたというのも、納得のいくことだ。
今の資生堂パーラーはその系列で、既にレストランだが、もちろんアイスもソーダも注文できる。
さて。
私が最初に行ったのは、ひょんなことで妹を連れて食事に出たときのことだ。
その時私は、間抜けなことに池波のエッセイの情報しかもっていなかった。
『定食が2円と3円、チキンライスが80銭、コロッケが1円』
確か、そのくらいの値段が当時のメニューの写真と共に書かれていたと思う。
アホというのもおこがましいが、私は『当時定食が2円だったんだから今なら2千円くらいだろ』と、
実に安直な気持ちで入ったのだった。
資生堂パーラーは、現在ではいくつかの階層に分かれている。
3階がカフェ、4,5階がレストランで、その上はロオジエという本格的なフランス料理店だ。
当時行ったのは4階だった。
そこで私は、想定よりよほど豪華な内装に内心びびりながらも、妹の前なので空元気を出し、さも予測どおりといわんばかりに席に着いた。
そしてメニューを見ると、さすがに学生の分際が飯を食うには高い。
高いが、払えないほどではない。
それで一安心して、私はチキンライス、確か妹はカレーライスを頼んだと思う。
あと、兄妹二人でコロッケ。
今はどうか知らないが、確か当時チキンライスは2,890円ほどではなかったか。
別に安かったから頼んだのではなく、池波が絶賛していたのがここのチキンライスなのだ。
もともとチキンにケチャップが嫌いだった彼がべたぼめしているのだから、どうだろうと思って頼んでみたら、まったく意外ではないがおいしく、そしてこちらは意外なことに実にリーズナブルだった。
まず、チキンライスが銀盤に蓋をしてやってくる。
その量は、明らかに一人前より多い。
こんもりと盛られたチキンライスは、学生が食べても満足する量だ。
そう考えると、銀座の一等地にビルを建てて飯を出してこの値段は、いかにも安い。
何より甘酸っぱく、食欲をそそるケチャップのにおい。
清潔そうなスーツに包まれたボーイの方の格好良さ。
そして一口食べたときの味、そして熱。
正直、どこのチキンライスが一番美味かといわれたら、ここを私は推すと思う。
そして妹が食べていたカレーを一口食べてみる。
レトルトの欧風カレーとはさすがに違う。本物の『欧風』カレーだ。
付け合せに福神漬があるのはもちろんだが、なんと皮をむいて蜜につけた蜜柑も置かれていた。
カレーに飽きたら、それで口をさっぱりさせてほしい、ということだろうか。
思っても見なかった取り合わせだが、これは今でもよくやる。
コロッケもいい。
ここのコロッケは、いまだにメニューには『クルケット』と書かれている。
コロッケの原型になった、フランス料理だ。
だからか、これもまたコロッケというより、そういう名前のフランス料理に見えた。
食べ終えて出たときには、すっかり満足していた。
食事というのは目によく、鼻によく、舌によくなければいけない。
いくら旨かろうと、隣で店主と客がアームロックを掛け合っているような店では、おいしく感じられるはずもない。
元が薬局だけあって、人によいものは何なのかということを知り抜いているのだろうか。
その後は支出もあってあまり行かなくなったが、たまに贅沢をしたい時は「行こうかな」と思うときもある。
だが、別に高所得者でもないし、行きたいが行けない、というのが本音だ。
たまに『チキンライスが食べたいなア』と思ったとき、幻のようにあの店の佇まいや雰囲気、何よりあの時の味がじわっと舌に浮かんでくるのがどうもつらくてかなわない。




