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11. 目黒 とんき

 とんかつ専門店に行くと、たいてい私はこうなる。


 まずは塩を振って肉を一切れ。

揚げたての、ほかほかした熱と、じゅわっと溢れる肉汁が、喉を通り抜ける。

その合間に、衣のそこここから舌に届く塩の甘み。

続いてからしをつけ、別の肉を味わい、そしてとんかつソースだ。

新鮮で、瑞々しい緑も鮮やかなキャベツは、あるときは塩で、またあるときはソースをかけて食べる。

何しろ、重々しくも芳醇な肉とさっぱりしたキャベツ、甘いご飯、そしてさっぱりとする汁、漬物。

ひとつとして、同じ味わいがないのだ。

舌がオーケストラでも奏でられているようだ。


 肉一切れごとにキャベツ、という勢いで肉と野菜を食べ、そしてご飯。

ほかほかのご飯に触れて立ち昇る、肉とソースの味わいの絶妙なこと。

勿論ご飯をほおばっては肉に向かい、口直しにキャベツ、そして味噌汁。そしておみおつけ。

味噌や漬物の辛味が口の中を引き締める。

そしてさらに肉、野菜……と、食事が尽きるまでそれは終わることがない。。


食べ終えたら、例外なく満腹になる。

特に学生時代、こうしたトンカツ屋が近所にあるのとないのとでは、食生活の豊かさにおいてまさしく雲泥の違いがあった。


 そんな、トンカツ屋のパターンを作り上げた功労者のひとつとも言える店が、とんきだ。

とんかつの元祖は銀座の煉瓦亭とも、あるいは他の店とも言われ、煉瓦亭やぽん多、井泉といったとんかつ元祖を諷じられる店はさすがの風格だし、とんかつ和幸のように上記の定型を作り上げた店の功績は、口を尽くしても言い表せぬが、とんきもまた、そうした店と肩を並べて一歩も譲らぬ。


 とんきのうまさは、まず店の雰囲気だ。

JR目黒駅の近く、清潔そうな店に一歩入れば、まず快活な店員さんの声が耳に届く。

しっかりと入ってきたお客を見て、そして声をかけていることが良く分かる。

学生時代に、よれよれのジーンズにジャケットで行っても、社会人になってスーツを着ていっても、その声、雰囲気は全く変わらない。


 席に着き、メニューを見ても、高くはない。

それはそうだろう。逆に一万円取るトンカツがあればためしに食べてみたいものだ。


くわえてたっぷりと、それでいて柔らかく揚げたカツの美味しさ、心地よさ。

シャキシャキとしたキャベツの歯ざわりのよろしさ、甘みの鋭さ。

ふっくらと炊き上げられた白米のすばらしさ。

目にも美しく、そして舌を飽きさせるものではない。


ここも例によって池波正太郎も食べているが、約50年前のその頃から、とんきの味と雰囲気は、いささかも変わっていないらしい。

往年の歌舞伎の名優、市川中車もまた、ここの常連であったものだ。


この店は、あまり宣伝はしないが方々に支店を持っている。

目黒から遠い人も、町を探せば、おなじ屋号を掲げたうまいトンカツに、出会えるかもしれない。

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