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会戦前日

 会戦の場所は広大な草原でした。その草原を挟んで王国側も諸国連邦側も穏やかな丘稜の上に陣を張れる地形です。

 模擬戦をするのであれば、全体の動きを指揮官が見ることができるので、大変に適した場所でしょう。


 私どもカッヘル隊は到着間際ですが、他の部隊は、それぞれ陣の設営を終えていました。一際多くの旗が風に靡いているところが本陣でしょうかね。



 軍旗を見るに、王国全土からの召集はなかった模様です。中心になるのはシャールからの兵。あとは王国北西部に位置するシュリの街からの騎魔獣部隊が目立つくらいかな。


 草原の向こうに諸国連邦の側にも兵が見えますが、あっちの旗は知識がないのでよく分かりません。ただ、王国を裏切った役を演じているデュランの街旗は見えました。



「こりゃ、あれだな。シャール以外の街は撤退させたか。シュリだけは既に到着していたから参加ってところだな。しくったな。俺も急がなければ良かった」


 カッヘル君が私の横で陣容を確認しながら独り言を言いました。私と会話したいのかな。


「シュリの人たちは自慢の騎魔獣隊まで持ってきたのね」


「えぇ。王への忠誠を見せているか、それとも、シャールの連中が遅れていたら、あっち側に付くつもりだったかでしょうね。余りに到着が早すぎます」


「そうなの?」


「シュリはバンディールの地を欲しがっていましたが、シャール伯爵に与えられましたから。不満はあるでしょう」


「なるほどねぇ」


 でも、大して強そうじゃないので、シュリがどちらの味方になっても大勢には影響なさそうです。



「ルーさん、王に拝謁しに行きます。ご一緒して下さい」


 カッヘル君が私を誘います。


「もう来てるの?」


 私がカッヘル君に尋ねた瞬間、不意に背後から声を掛けられます。



「はい。来させて頂きました」


 アデリーナさんです。いえ、アデリーナ女王で御座います。私が補充物資で特別に頂いたのと同じ黒いマントを身に纏っております。

 いやー、王様と同じ物を下賜頂いていたなんて光栄を過ぎて畏れ多いです。



「ルーさん、いつも通りで宜しいですからね」


 笑顔ではあるのですが、女王と知った今、その表情は心意を隠すような凄みも感じました。でも、王が今まで通りでと命令するならば、それに従います。


「どうやって来たの? イルゼさんはあっちよね」


「……ルーさん、本当にいつも通りで行くんですか……」


 カッヘル君の呟きはアデリーナさんにも聞こえるでしょう。つまり『俺はダメだと思ってますけど、立場上、尊敬するルーさんに口答えは出来ませんでした。ご承知下さい、女王』という保身の言葉です。

 小さな男に成り下がってますね、カッヘル君。



「旧情報局は転移魔法術士を各地に置いていたのですよ。それを利用しました。イルゼが持つ転移の腕輪のように遠距離は難しいですが、拠点を何ヵ所も経由すれば、歩くよりは早く到着致します。本当のところ、私は馬車が好きなのですがね」


 アデリーナさんが詳しく説明してくれましたが、特に興味はなかったので流します。



「あら、アデリーナさん。少し雰囲気が変わりましたか?」


「……いえ、私はいつも通りですが」


「なんだろ。うーん、あっ、足だ。足に変化ない?」


「クッ……。魔力漏れ防止のマントの上からでも分かるのか……」


 アデリーナさん、珍しく顔に動揺が見られました。


「実は呪いを受けております……」


「まぁ……」


 王になんて真似を。


「メリナにも相談した?」


「えぇ。メリナさんはニマニマと笑ってばかりで、しかも、私を酷く中傷するのです。うぅ、お母様、あのボケに鉄槌を、うぅ、激しいまでの愛の鉄槌をお願い致します」


 涙目にするくらいの屈辱を王に対して与えた訳ですか、メリナ。万死に値する愚行ですよ。


「お任せして、アデリーナ王。私がちゃんと殴って言い聞かせます」


「宜しくお願い致しますね」


「えぇ」


 ここで、私達の会話に入ってくる人がいました。息子のナウル君を本陣裏の魔法使いゾーンに預けてきたアシュリンさんです。

 魔法使いゾーンは模擬戦で負傷した方を治療するための所です。本来であれば戦場に向けて広範囲に魔法攻撃を撃つ役目があるのですが、今回は死者が出ないようにするために、そういった攻撃はしません。

 とは言え、ここまで来て何もしないのはアレですから、皆が皆、回復魔法を使えるわけではないでしょうが、治療専門の部隊になったみたいです。



「アデリーナ、私はこちらで戦うぞっ!」


 アシュリンです。女王であるアデリーナさんにもタメ口で私は密かに血が昇ります。


「分かりました。あちらの巫女部隊には巫女長がいますので、十分でしょう。宜しくお願いします」


「あぁ。軍顧問殿、世話になる!」


 うん? 顧問って私だよね?

 あらあら、そんな敬礼して可愛いヤツですね。まぁ、うん、世話してやりましょう。


「こちらこそ。模擬戦と謂えど、本気で行くのですよ」


「気が合いそうで良かったで御座います」


 アデリーナさんはそのまま本陣に向かわれるみたいです。慌てて、カッヘル君が護衛の為に駆けて行きました。



「アシュリン、メリナは神殿ではどんな感じだったの? 仕事をサボってばかりだとは聞いたけど」


 私は見晴らしの良い場所で明日の戦場に目を遣りながら、アシュリンに尋ねます。彼女もまた、両腕を胸の前で組みながら、私の横に立っていました。


「顧問殿にお答えしますっ!」


「喋りにくそうだから、普段通りで良いわよ」


「ハッ! では、遠慮をなくす。まず最初に言っておくと、メリナは有能。軍に入れば、どこの部隊でもエースとしてやっていけるだろう」


 本当に遠慮をしなくなったわね。まぁ、良いけど。


「神殿での仕事ぶりは?」


「勤務場所へ案内していた私に突然襲い掛かる、また部長の口を殴って歯を折るなどの狂犬っぷりを忌憚なく発揮していた! 闘争心に溢れた人間ではあるが、書類仕事は一切手伝わんし、何なら埃ハタキで邪魔してくるくらいであった!」


 そっかぁ。残念だけど、役に立ってなさそうね。


「貴女方、巫女は何のお仕事をしているの?」


「私も分からん!」


「……そっかぁ」


 尋ねる人を間違えたなぁ。


「ガハハ! しかし、メリナは根性がある! あいつが留学に行っている間は静かで寂しい感じがしたからなっ!」


 まぁ、アシュリンがメリナを好ましく思っていることは分かったわ。狂犬だとか野人だとか呼ばれて苛められているメリナだけど、このアシュリンからは何もされていないっぽいわね。


「明日はメリナと戦うの?」


「勿論だ! 私はその為にここへ来た! 私はまだメリナに別れの挨拶をしていないからな!」


「別れ?」


「メリナは諸国連邦の王補佐官に就いたと聞いている! つまり、竜の巫女は引退するのであろう! ならば! 景気付けの拳を見舞ってやらねばならん!」


「なるほど。近衛兵の引退式みたい」


 そう。引退する人へ親しみを込めて殴るんです。意味が分かりませんが、そんな伝統が有りました。私は不名誉除隊だったので、そんな誉れは頂けませんでしたが。


「うむ! 顧問殿! だから、明日はまず私から挑ませて欲しい!」


「良いわよ。貴女がメリナに勝てればだけど」


「ガハハ! 楽しみである! あのバカ者と再び戦えるのであるからな!」


 アシュリンの高笑いは気持ち良くて、私はメリナが先輩に恵まれていることを天に感謝するのでした。

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