行軍
転移魔法の手段がなくなったアデリーナさんは、カッヘル君達の護衛でシャールに戻ることになりまして、私もそれに同行することにしました。
持ち物としては水筒とパンと着替えくらいでして、それらを入れた布袋を肩に回しています。
パウスさんやゾル君も一緒に来ますが、彼らと仲の良いナトン君は村を魔獣から守るのと農作業が控えていることから、村に残ることになりました。
「ナトン、本当に来ないのか?」
ゾル君が気に掛けます。
「あぁ。残念だが、またの機会にさせてもらうぜ。あと、ゾル、メリナの怖さは知っているらしいが気を付けろよ」
「……あぁ、あいつを倒す力を得るために俺はこの村で修行していたんだからな」
「ハハハ、殺されないように頑張ってくれ」
「拳王メリナ。俺の名目だけの称号だった剣王とは違う、本物の戦士だ。死んでも悔いはない」
……聞こえちゃった……。
メリナ、拳王なんて名乗っているの……?
お淑やかなレディーになるって意気込んでいたあなたはもう居ないのかしら。神聖メリナ王国に拳王なんて、もうハチャメチャ過ぎない?
「おい、オズワルド。お前は馬車に乗せて貰え」
連日の訓練で痩せこけてしまったオズワルドさんをカッヘルさんが押し込みました。
「カ、カッヘルさん……これ、女王様の馬車では……?」
「心配するな。女王は同乗しないらしい。お前は移動に耐えきれんから、これに乗れ」
「……カッヘルさん……」
「お前は軍に向いていないから、除隊した。今は民間人だから、シャールで置いていく。女王の許可済みだ」
「カ、カッヘルさん!!」
「黙れ。黙って乗れ。俺は男の涙は嫌いだ」
うふふ、本人は私の雷魔法で涙目だったのに言うわね。でも、女王? 私の事を比喩して言ったとしたら心外ですね。
「ワハハ、カッヘルも変わったな」
「あ? うるせーな、パウス」
この2人、実は昔からの知り合いだったそうです。パウスさんがこの村に来たのはそんな彼に会いたかったのも理由の一つだったそうです。
「かわいい後輩だぜ、俺は?」
「ほざいてろ。軍を抜けたお前は後輩でもない」
「階級が上だった俺が軍にいたら、話しにくいだろ、お前は?」
「知らん」
「ま、お前が独自にアデリーナとの繋りが出来ていて良かったぜ。戦争が終わったら酒だな」
「サッサッとお前も準備しろ」
一貫してカッヘル君は迷惑そうでしたね。
さて、私は隊列の最後尾に位置します。遅れた人が孤立しないように見張るんです。
出発の号令は、先頭にいた馬車の女性御者さんの気合いの声でした。
「ウオッシャーーー!!」とか突然に叫びが響きまして、オズワルドさんを乗せたまま、走り出して行きました。少しの沈黙のあと、カッヘルさんが「後れを取るな!」と指令を出したのです。
シャールまで数日で何事もなく着きます。
初日から馬車とは離れてしまいました。道中の所々に箱馬車の屋根だとか壁だとかが落ちていましたが、車輪はなかったので、無事にシャールに着いてると信じています。
あんな無茶な速度では馬車の強度が持たなかったのだと思います。
私達は街区と外を分ける高い石壁の前で休憩します。街中には入らせてくれないみたいでした。
カッヘル君と街の兵隊さんの会話を盗み聞くと、もうシャールの軍は出立しているそうです。王都から遠いシャールでも迅速に命令が届くなんて、我が国の連絡網は優秀で誇らしいです。
しばらくしていると、野戦密偵用の特殊服を来た長身の軍人がやって来ました。短髪だから男性かと思ったら、胸が少し膨らんでいるので女性だと分かります。
服の上からも分かる鍛えられた肉体と周囲への注意力、隙のない動作、それらから簡単に判断できますが、彼女は完璧な職業軍人で、人生の全てを国に捧げている、とても立派な方なのでしょう。
しかし、彼女に似つかわしくない幼い子供を横に従えています。迷子にしては陽気な顔。
何となく気になって観察していると、パウスさんが近付いて子供を両手で持ち上げます。
「ナウル! お父さんに会いたかっただろ! 俺もお前に会いたかったぜ!」
パウスさんの歓びに私は驚きます。ゾル君も同様でしょう。
まぁ、でも、彼は29歳と聞きましたから、あれくらいの年頃のお子さんがいても不思議じゃないか。
恐らく信頼できる女性軍人さんに預けていたんでしょうね。
一通り子供の笑う顔を楽しんだパウスさんは息子を下ろし、女性軍人に近付きます。粗暴に見えて礼儀正しい彼は丁重な礼を言うのだろうと思いました。
しかし、なんと、まさかの頬への口付け。
昼間から何をしているのでしょうか。しかも衆目です。信じられないくらいに破廉恥です。
……彼は王都で最強だった男です。英雄、色を好むという言葉も有ります。そういうことなのかもしれません。もしも、私にも寄ってきたら、容赦なく股間を破壊しましょう。
そう思った私と同じく、女性軍人もパウスさんの腹を殴っておりました。ただ、彼女の本気じゃない。……えー、もしかして、満更でもないって事なのかな。
ふしだらな街ですね、シャールは。
また別の人物が部隊に寄ってきました。オズワルドさんです。どうも私に用が有るようです。
「ルーさん、謝罪に参りました……」
「もう結構ですと以前に申しましたが」
私は笑いながら答えました。
「いえ……。ロイさんの借金は私どもがでっち上げた物です。そして、その偽証書であなた方を王都から追い出したのも私の役目でした」
「結果、私どもは助けられましたので」
「……許しを……。どうかお許しを……」
「気になさらず。人生、色んな事が有ります。オズワルドさんもシャールで新しい生活をお送りください」
「必ず、必ずや、私はルーさん達にご恩をお返しします!!」
「あはは。もういいって。メリナが、私の娘が困っていたら助けてあげて」
メリナがシャールに住み続けることが出来るのならね。
「はい! 救って頂いたこの命はルーさん達の為に使います!」
いやー、怖いわぁ。
カッヘル君じゃないけど、男の涙は苦手だなぁ。
さて、補給物資の受け渡しが終わりましたので、カッヘル隊は出発します。




