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侵攻を受ける村

「あなた、王都の方々が森に入られました」


 シャール側の森に多数の魔力の動きが確認できました。状況からして、ほぼ間違いなくアデリーナさんに教わった王都の軍だと判断します。

 ただ、うーん、正直、何だか魔力的には弱っちい感じがします。


「……本当に来たんだ……。良し! 皆、出来るだけ刺激しないように頑張ろうな!」


 夫は村の広場に集まった皆に声を掛けます。



 準備は万端です。この日に供えて、各種の獣、果実、野草、パンを用意しました。各家庭の自家製の物ですが、お酒も掻き集めています。

 軍隊の方を村に招き入れるのは怖いと夫は心配していましたので、森の中で接待する計画です。


 なお、夫は慎重派ですので、ギョームさんやナトン君ら戦士と呼んでも良い人間は村で待機させたままにして、仮に王都軍と戦いになったら、彼らには盾になってもらい、村の子供たちを逃がす手筈にしています。


 誇りある王都軍が盗賊みたいな真似をするはずがありませんのに、全く文官って言うのは考え過ぎなんですよ。



「ルー、申し訳ないけど、君が一番忙しいかもしれない」


「えぇ。分かりました」


「危ないと思ったら、逃げてほしい」


「はいはい」


 私のことを心配してくれる夫に笑顔で答えます。

 その夫の横には青い顔のギョームさんが立っていました。そして、震える声で質問してきました。



「……ル、ルーさんみたいな人が……本当に……ゴロゴロやって来てるんですか……?」


「私みたいに美人ってこと?」


 冗談ですよ。ギョームさんは悲観的なところがあるので場を和ませたのです。


「……いえ、ルーさんくらい強い人達が……って意味です……」


「正規軍が来るんですから、そうですね」


「絶対に戦わないで下さいよ! 俺なんか、一瞬で息絶えます。視線が合っただけで、もう心臓が飛び出て死ぬ覚悟です!」


「親父! 磨いた腕を試す時だろ! むしろ、俺は戦いたいくらいなんだぜ」


「バカ、ナトン! 赤ん坊が生まれたばかりのヤツがなんてことを言うんだ! ……最悪、俺が独りで皆を守ってやるから、お前も森に逃げろよ!」


「……親父ばかりに良いところを取られたくねーな」


「……親より先に死ぬ子供はもう見たくねーんだよ……」


 ギョームさんの言葉は重いです。私も同感ですし。

 しかし、ナトン君の想いも分かります。親にだけ戦わすなんて事はしたくないと子が思うのは当然です。結論は2人にお任せしましょう。



 今日の予定ですが、まずはレオン君が迎えに行きます。子供であれば、いきなり攻撃されることはないですからね。

 メリナが村を出た今、村の子供で一番年長となったレオン君に任せました。ナタリアも居ますが、彼女よりも物怖じしないレオン君が最適でしょう。


 それに夫がナタリアがもしも捕まったら大変な目に合うかもしれないと不安がったのもあります。全く、変な本を読みすぎているからそんな愚劣な発想が出てくるのです。

 ギョームさんは男の子だって危ないと主張しました。全く、ギョームさんも敏感ボーイの本を読みすぎなんです。それについては、私も謝罪しないといけませんね。


 私の役割は精霊球から全体の動きを細かに確認することで、緊急事態の際には独断での行動を許されています。

 既に昨日までに実験を終えていまして、精霊カーフエネルリツィの協力で遠見の魔法を発動致します。



「じゃあ、皆、持ち場に入ろう! 美味しいご飯で、王都の人たちを懐柔するんだ! ノノン村の平和の為に!」


 夫の掛け声で、村の人たちは散会しました。でも、悲壮感を漂わせているのはギョームさんだけで、皆さん、何だか楽しそうでした。

 実は私もそうでして、うん、これはお祭りの準備みたいだからですね。



 しかし、私は精霊球の前で、歯を強く食い縛る羽目になりました。感情は怒りです。

 レオン君が矢を射られたのです。威嚇射撃ではありましたが、狩りで獣を追い込むような悪意を感じました。


 部隊長はカッヘル。部下に名前を呼ばれていました。知らないヤツです。

 もしもレオン君に何かあれば、身体が無事であっても心に傷を負っていることもあり、それならば万死に値します。

 相討ちになってでも地獄を見せましょう。生きていることを後悔させるのです。


 ……あれ、カッヘル?

 知ってるかも……。


 あー! 産後すぐの私に配慮して、上司が軍への復帰先を軍学校でアシスタントにしてくれたんです。確か、私が21の時です。

 その時の生徒にあいつがいましたね。読唇術で魔法詠唱句を読んだりして、対人戦で目立っていたから覚えていますよ!


 そうか、カッヘル君か。私の後輩ですね。

 うふふ、顎髭なんか生やして生意気になりましたね。私より遥かに弱っちいのに。



 私は転移魔法をカーフエネルリツィに依頼し、森の中に出現します。



 幸い、追われていたレオン君は笑っていました。


「メリナのおばちゃん! 馬より俺の方が速かった!」


「ご苦労様、レオン君」


 それにしても、カッヘル君め、こんな純真無垢な子供を射つなんて信じられないです。


「でも、なんで、おばちゃんが来たんだ? あっ、出迎え?」


「そう。当たり。盛大にしないとね」



 王都の兵は3分隊に分かれて、時間差で攻撃をして来ます。アクシデントで全滅しないための王都軍の教科書的な偵察セオリーです。


 私はカーフエネルリツィに頼んで、既に先鋒と次鋒の2分隊を無力化しています。具体的には窒息による気絶。カーフエネルリツィお薦めの方法でして、空気をどうにかして呼吸を止めるそうです。



 倒れている兵を乗り越えて、私は前進します。レオン君も付いてくるみたいですね。

 そして、今日のために用意した宴会会場、森を切り開いて作った空き地の手前で止まります。



 間も無く、木々の間から兵士達が姿を現しました。先程までの行軍時は2列縦隊だったのに、素早い展開です。中々の練度ですね。


「よく逃げられたわね」


 私はレオン君の頭を撫でて誉めます。


「えへへ、メリナ姉ちゃんに負けてられないからな」



 さてと、こっちは先制攻撃の意思なしだけど、どういう出方をするかな。


「突撃! ただし、殺すな!」


 カッヘル君の命令で一斉に駆ける兵達。中には騎兵もいますね。

 ただ、殺すなと言った割には矢が飛んできています。


「ヨっと!」


 レオン君がそれを手で受け止めます。

 良い動きです。あの程度の速さを対処できないと、針ネズミ型の魔獣の射つ針に全身を貫かれますからね。



「変更! 全火力、斉射!!」


 あら? 殺り合うの?

 カッヘル君、身の程を弁えないと死ぬわよ。


 私は魔力を片腕に漲らせる。抑えきれなかった小さな雷が宙に迸ったりします。

 それをカッヘル君達にゆっくりと向けます。


 一気に放出して、広範囲への一撃。走る兵の頭ギリギリを掠めるように放ちます。


 それだけで彼らの動きが鈍りました。

 腰を抜かした方もいて、敵方の魔法詠唱はストップしたかな。



 続いて、私はカッヘル君に口パクだけで喋り掛けます。読唇術が使える彼なら、これで分かるでしょう。


『王都の人も大変ねぇ。こんな田舎までお仕事だなんて。ねぇ、カッヘルさん』


 あはは、ビックリした顔をしたわ。

 当たりね。


『ようこそノノン村へ。歓迎致します。武器を置いてお食事にしましょう。先の方々もお待ちですよ』


 再会を喜ぶよりも先に用件を伝えました。


 それから、わたしは腕を横に薙ぎます。

 それを合図に、物質転送の魔法を身に付けたサルマ婆さんが空き地の至るところに、ほんのりと湯気を上げる料理の数々を出しました。


『久々に腕を振るいました。さぁ、皆様に指示をお願いします』


 私の思いが通じまして、カッヘル君は武装解除の命令を出してくれました。

 雷で倒れた木が焦げ臭いですが、歓迎パーティの始まりです。



 でも、カッヘル君、どうも私を覚えていませんね。それどころか、私が近付こうとしたら、然り気無く逃げていきます。

 

 夫が目論んだ通り、村の人たちと王都の兵士さん達は美味しい料理で打ち解けました。役割を無視して村からやって来たナトン君なんて、知らない若者と肩を組んで歌ったりしていました。レオン君も仲良く遊んでもらっています。


 私はシチュー鍋の横に立って、欲する方に器へ盛る役を致しました。王都では蛇やオタマジャクシはあまり食べないので人気の無い料理だったのですが、そんな好き嫌いを言ってるようでは強くなれません。

 私は積極的に声を掛けて、青白い顔をした新兵っぽい人達に大盛りで食べさせてあげたのでした。



 翌日、メリナが村の様子を心配して、やって来てくれました。


「メリナ、こちら王都のカッヘルさん。ご挨拶しなさいね」


 カッヘル君にはまだ私の正体を明かしていません。ここまで私を忘れているとなると不遜過ぎますね。だから思い出した時にどれくらい自分が愚かで無礼だったかを味わって頂く為に、黙っていることにしたのです。


「どうも初めまして。竜の巫女の見習いをしているメリナです。今後とも宜しくお願い致します」


 メリナが礼儀正しくお辞儀をしました。

 アデリーナさんの教育のお陰でしょう。


「あぁ……。カッヘルだ」


 まだ私が軍に残っていたとしたら「一般人に横柄な対応をしてはいけません!」って、両頬を100回ほど全力で叩いて教育したでしょう。

 誇りと礼儀を忘れた軍人はクズです。学生時代はしっかりとした良い子だったのに、心身ともに鍛錬不足なのではと危惧します。


 さて、何にしろ、その後にメリナへ王都軍の人たちを引き渡して、無事に村の平和は維持できたのでした。

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