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娘がまた来る

 メリナは元気にやってるかな。

 娘が慌ただしく戻って来て、また去ってから1ヶ月弱。最近になって、ようやく寂しさも和らいでおります。それは新しく家族に迎えたナタリアがいるからなのかもしれません。

 メリナと違って内気な子ですが、何かと私の家事を手伝おうと気を遣っています。

 ただ、必死過ぎてちょっと痛々しいかな。彼女が自然体で過ごせるようになるには、もう少し時間が掛かりそうです。



 床の拭き掃除をやっている最中、家の扉がノックされました。レオン君は自分の家のように入ってくるから、お隣のナトン君でしょうか。剣技の練習をしたいのかしら。掃除道具を慌てて片付けます。


 ナタリアがお客さんを出迎えてくれました。



「あっ……。こんにちは」


「ナタリアさん、お元気そうですね。こんにちは」


 メリナ!?

 急ぎ、私は魔力を読みます。うん、間違いない。あの黒い魔力はメリナです。


 えー、こんなに頻繁に戻ってくるの!? 今生の別れくらいに惜しんだ過去を忘れたいくらいね。ギョームさんの涙を返してほしい。


 ただ、メリナの傍に知らない人が2人いる。魔力的には1人は少しレモン色の入った白、もう1人は緋色、でも、よく見たら黒色のベースがチラチラと見えている。


 後者のパターンは初めて見たけど、私の直感が訴えます。こいつは魔族。それが分からないように緋色の魔力で隠している。



「メリナね。お帰り。早く入りなさいな。他の二人もね」


 魔族がメリナに正体を明かしているのか分からなかったので、人数を伝えることで、少なくとも私が魔力を見えることをアピールします。



 ナタリアの案内で、彼女らはダイニングに入り、私はお茶を淹れて勧めます。

 メリナの連れは若い女性たちでした。

 湯気と芳香が立ち上がるカップに手を付けられる前に、彼女らから自己紹介を受けました。



「アデリーナと申します。メリナさんと同じく竜の神殿に勤めておりまして、新人教育係を務めさせて頂いております」


 なるほど。しっかりとしたお嬢さんです。マントも服も立派だし、かなり地位の高い貴族の出でしょう。肩で切り揃えた艶やかな金髪が美しくて印象的です。

 この方から教育を受けているなんて、メリナは幸運の持ち主ですね。



 で、次はこの人か……。

 私はアデリーナさんの横にいる、青い髪の女に目を遣ります。大きくはだけた胸。乳房の膨らみを見せつけ、男を誘惑しようとしている意図がハッキリと分かります。

 偽装した魔族。何の理由でメリナの傍にいるのでしょう。


「私はルッカね。15歳の巫女見習いよ」


 ……嘘、おっしゃい!!

 どう見ても30近い、男を手のひらでコロコロ転がす感じの雰囲気じゃないですか!

 メリナと同年齢をヌケヌケと騙るんじゃない!!


 凄いわね。

 魔族であるなんて些細な点は吹き飛んで、年齢詐称に全ての意識が行ったわ。


 ふぅ、まあ、良いでしょう。何らかの形で娘が裏切られたとしても、人生勉強として良い経験になるでしょう。このルッカという女からは殺気は感じられませんし。



「メリナがいつもお世話になっております。メリナは神殿でどんな感じですか?」


「入って間もないのに、よく活躍されておりますよ。既に神殿内で存在を知らない者はいないくらいで御座います」


「アデリーナちゃんの教育の賜物ね」


 私の方が歳上なので、アデリーナさんであっても呼び掛けは「ちゃん」付けです。上下関係は大切ですから。


「いえいえ、そんな風に思われては困ります。本当に困りますわ。私の指導ではなくメリナさん自身のお力で御座います。何と申し上げれば良いか、才気溢れるメリナさんにとっては、私の教育なんて無駄で退屈なものではないかと日々、悩んでいるくらいです」


 まぁ、なんて慎み深いお答えなのでしょう。上品な方です。

 メリナ、淑女とはこういう方を言うのですよ。よく学びなさいね。



「それはそうとして、ナタリアを預かって頂いて、本当に感謝致します」


 アデリーナさんが頭を下げられました。


「いいのよ。私もナタリアちゃんとの生活が新鮮で楽しんでいるから」


 ナタリアに目を移すと、彼女もペコリとアデリーナさんに頭を下げ返していました。

 アデリーナさんは肩掛け鞄から本を出します。


「この書は聖竜様の有り難いお言葉が綴られています。そして、ここの章ですね。ここは死者への祈りを込めた文言が集められています。毎朝と毎晩、読むのですよ」


 コクンとナタリアは無表情に頷きます。

 私は竜の巫女のお仕事を目の当たりにして、興味深く思っていました。メリナもこんな感じで布教活動をしているのなと思うと、微笑ましくなります。


「残念ながら、あなたのご家族は既に亡くなっておられました。お父様はシャール近くの農園で、お母様は王都の商館で、弟君は売られる前に商人の下で、それぞれ病死されております」


 ナタリアから家族別々に奴隷として売られたとは聞いていました。それをアデリーナさんもご存じで家族の行方を調べておられたのですね。

 淡々とアデリーナさんは事実のみを仰いました。でも、それが今のナタリアには良いかもしれません。余計な綺麗事は時に心を抉る時があります。


 ナタリアは黙って涙を流します。でも、取り乱したりはしません。まだ10歳にもなっていないだろうに、その気丈さは立派です。



「アデリーナちゃん、お墓の位置とかは分かってるのかな?」


 話を進めるために、私はメリナの教育係に尋ねます。


「はい、それぞれの場の共同墓地です」


 さすが。そこまで調査してナタリアに伝えたのですね。


「ナタリアちゃん、また一緒に墓参りに行きましょうね。立派に生きているとご報告しないといけないわね」


 悲しみもどこかで区切りを付けないといけません。墓場の位置も調べたアデリーナさんは人の心をよく分かっておられる。


「……うぐっ……うん……うっ……」


 泣き止まないのを心配したのか、メリナがナタリアを二階の部屋に連れていきました。



 しばらくしてから、ナタリアが寝たとメリナが戻って来ます。

 これで、ようやく、竜の巫女達がこの村にやって来た本題を聞かされることになります。


「まぁ、王都の兵隊さんがこの村を襲いに来るの?」


 その中には知った顔がいるかな。

 うふふ、お互いにビックリしちゃったりして。学校の同級生なら昔話に花を咲かせたいんだけどなぁ。

 あっ、でも、私は不名誉除隊しているから、覚えてない振りをされるかもか。


「はい、お母様。突然の事で申し訳ありませんが、一週間以内です。すぐに隠れられる場所に避難される事を提案致します」


「ナタリアちゃんの件も聞いたばかりだし、怖いわねぇ。でも、どうしてなの?」


 一応、軍に居たことは秘密にします。

 不名誉除隊された人間が母親だなんて事実を告げるのは娘にとっても恥ですから。



 アデリーナさんの説明によると、メリナがシャール伯爵様へ謁見し、その夜会で王都からの独立をメリナを旗印に宣言したのだと言うことです

 うーん、メリナは巻き込まれたのかな。それとも、竜の巫女っていうのは、私が思っていたよりも偉い地位なのかしら。何せ、たった1ヶ月でシャール側の代表にされるなんて。


 私の胸中は複雑です。

 王国からの独立を謳うなんて、王への最大の侮辱です。王と国に従うべき軍隊にいた私はメリナを無条件で庇って良いのでしょうか。



「大体、分かりました。ありがとう、アデリーナちゃん」


「お母さん。私は聖竜様と戦争を止めると約束したの。だから、誰も殺さないで欲しいな」


 メリナが真剣な顔で訴えてきます。

 なるほど。メリナは内戦を止めたい訳なのね。国を裏切ったのかと早とちりをしましたよ。

 そうであるなら、私は娘を心置きなく守れます。


「勿論よ。誰も抵抗しなければ何もしないわ」


 王都の人達が攻撃して来なければ、私も手を出しません。野犬みたいに見境知らずに襲うはずがないのです。


「そうだ、ちょっと、お父さんにも相談して来るね」


 夫の意見も聞かないといけません。

 最近、私も腕が鈍っています。森に行って体を暖めておかないと、旧知の人が居た時に歳を取ったなとか、お前は除隊して正解だったなとか思われたら嫌ですもの。私にもそれなりのプライドが有るのです。

 そうするには、ナタリアの面倒を夫一人で見られるかを確認しないとね。



 夫はすぐに発見しました。帽子をかぶって農作業をしていました。


「えっ! 王都の軍隊がこの村に来るの……?」


「えぇ」


 事情を伝えると夫は深刻な顔をしました。先にメリナが村に帰ってきたと伝えて、彼の顔は少し緩んでいたのですが、一瞬でその表情がキリリと引き締まったのです。


「でも、どうしてこんな辺境の村へ……?」


「メリナがシャールの旗印になったそうなのよ」


「……凄い出世だな……。いや、悪い人に担がれたのか……」


 そういう推測も出来るのですね。

 夫は賢いです。


「それにしても、軍隊。ルーみたいに強い人達か……。勝てないね」


「やってみなければ、分からないわよ」


「いや、君が傷付いた姿はもう2度と見たくないんだ。そうだ! 歓迎だよ、歓迎! 敵対していないことをアピールして、許してもらおう!」


「あなたに従うわ」


「ありがとう、ルー! そうとなれば、計画を考えようか!」



 しばらく話し込んでいると、メリナ達がやって来ました。軽く散歩をしていたみたいですね。どうも途中でレオン君とも合流したようですね。


 私の視線で夫も娘に気付きます。


「おぉ! メリナ! 帰ってきたか!」


 快活に白い歯を見せながら笑顔でメリナを出迎えます。気のせいか、いつもより笑顔がマシマシな感じがします。

 それも致し方ないでしょう。娘との再会はそれ程までに嬉しいのだと思います。


 2人の会話を私は邪魔をしないように、まだ緑色の麦畑を見回していました。

 爽やかな気候です。気持ちの良い風を身体に受けます。



「メリナの父ちゃんも、おっぱい姉ちゃんのおっぱい、スゲーと思ってんな!」


 唐突なレオン君の一声が響きました。


 ほう、そういうことですか……。

 久々に会った実の娘より、その連れの胸の谷間ですか。


「ち、違うぞ、ルー。俺は見てない。一切見てないぞ」


 私に詫びると言うことは、つまり、そういう事だったと判断致します。


「えぇ、分かっていますよ」


 あなたが魔族の誑かしに何の抵抗もなく乗ったことを。


「メリナ。ノノン村は任せなさいね。あなたは、あなたのしたい事をやりなさい。では、またね」


 早速、家で説教するため夫を連行しておりますが、途中で振り返ってメリナに伝えます。私達を気にして行動を止めないように。


 メリナは大きく頷き、今回は「また来るね」とちゃんとした別れの挨拶で返してきました。

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