遠征
メリナは12歳、レオン君は7歳になりました。相変わらず2人は仲良しです。村に子供はいるのですが、彼らに近い年齢の子は居ないんですよね。
私達が村に来る前に強い瘴気の襲来があって、その影響で通常の子供が産まれない期間があったのではないかと想像したりしています。
つまり、私の家族と同じ様な悲劇に他の村の方々も遭っておられるのです。
やはり森の神様は駆逐するのが最善でしょう。
「お母さん、また森に入るの?」
朝の家事を終えて、鏡を見ながら髪を整えている私に背後からメリナが声を掛けてきました。レオン君も遊びに来ているみたいですね。
「えぇ。お留守番を頼むわね」
「メリナも行くよ。私、前より強くなったし。レオン君も行きたいって」
あらあら、レオン君もか。
うーん、まぁ、良い機会かしらね。そろそろ野犬以外とも戦う経験をした方が良い年頃かもしれませんね。
「レオン君、お父さんには許可を貰ったのかな?」
「父ちゃん、いつも早く一人前の男になれって言ってる!」
「そう。なら、オッケーよ。メリナ、森の中ではレオン君と一緒に行動なさいね」
「うん、任せて。レオン君、武器に何にする?」
「剣がいいな、剣。カッケーもん」
「分かったー。メリナが木を削って作るね」
子供はピクニック気分ですね。困ったものです。ジャニスが生きていれば、自分の息子の成長を微笑ましく見ているかもしれません。
夫から「気を付けてね」と言葉を頂き、私は村を歩きます。暖かい日射しと柔らかい風が大変に気持ちが良いです。絶好の神様狩り日和です。
森の入り口までの短い距離で、隣村のギョームさん達に出会います。今日は村の境界線をどこに引こうかと相談に来られたみたいです。
隣村が放棄されていた期間に曖昧になっていまして、設定し直したいそうです。お好きにどうぞと思ったのですが、ちゃんと決めていないと大きなトラブルの原因になるからと彼は言いました。
私は「今から森に行くのでサルマ婆さん達と話してくださいね」と伝えます。
「えっ、ルーさん、今から子供を連れて森に入るんですか?」
「えぇ。ちょっと奥の方に行きます」
「あの悪夢が……甦る……」
ギョームさんの顔が青白くなりました。しかし、隣にいた息子のナトン君は嬉しそうな顔をしました。
「親父、やったな! リベンジのチャンスが来たぞ!」
ナトン君、もう20歳を越えられた感じですね。昔の少年っぽさを残して線が細かった容貌から印象がすっかり変わって、浅黒い肌にガッシリとした体格の男性になっています。
「ナトン……お前はあの時の出来事を忘れたのか? 食い物もなく彷徨い、いつ襲われるかと精神も磨り減らした死の行進……」
「忘れてねぇよ。だから、俺は体を鍛えていたんだ。ルーさん、俺、一緒に行かせてください!」
凄く気合いの入った、澄んだ目をしています。
「良いですよ。今回はレオン君も一緒ですからペースダウンしますしね。気負わず行きましょう」
「よしっ! 親父も行くぞ!」
「ナトン、絶対に止めた方がいいぞ。ルーさんはダメなんだ。本当にヤバいんだって。お前、忘れてるって」
「はぁ? 親父、情けねーぞ。村の皆にも示しが付かないだろ。覚悟、決めろよ! この日のために俺は冒険者にならずに、村で剣の腕を磨いてきたんだ」
あら、ナトン君、確かに腰に帯剣していますね。素朴な鞘ですから、初心者用のちょっとなまくらのヤツかな。
「ギョーム村長、行きましょう。よく分かりませんが、ナトン君がこんなにも言ってるんです」
「そうです、村長!」
周囲の方々もヤル気満々で頼もしい限りです。暗い森も大人数だと賑やかで楽しいかもしれませんね。
「……絶対に後悔するって……。どこに何をしに行くかも、お前ら、知らないだろ……」
「森の探索をルーさんだけに任せるなんて、恥ずかしくないんですか!」
「あー、もう! 言いたい放題言いやがって! 分かった! ルーさん、俺も行きます! 行きます! お前ら、絶対に後悔するからな! 俺の今の言葉を絶対に忘れるなよ!」
ギョームさん、顔を真っ赤にして興奮されてます。前々から思っていましたが、愉快な方ですね。
「分かりました。あっ、ナトン君、その剣を少しお預かりしますね」
「どうぞ。ルーさんのご命令なら俺は何でも聞きます」
丁重すぎる返事に思わず微笑んでしまいましたが、私は剣を借りて、皆様にお待ち頂くようお願いしました。
精霊玉に剣を差し込んでみたかったのです。
「おぉ! 刃が輝いている! ルーさん、ありがとうございます!」
ナトン君が興奮している中、レオン君も少し羨ましそうな顔をしていました。
でも、剣の扱いは難しいんですよね。レオン君はまだ体が小さいので振り負ける可能性が高いです。だから、木刀で我慢して欲しいかな。
「それじゃ、行きましょうね。でも、本当に皆で行くんですか?」
「はい!」
隣村の人達は10人くらい同行してくれるらしく、その中には若い女性も2人ほど居ました。
皆、野犬撃退の経験はあるらしいので、何とかなるかな。
森に足を踏み入れて1週間が経ちました。私一人なら2日も掛からずに到着できる地点ですが、今回はレオン君もいますからね。ゆっくりめに移動しています。また、森の神様に会うまでに戦闘に慣れて欲しいという想いから、殺気を迸らせての魔獣避けを控えています。
今は、月光の下で火を囲みながら、休憩をしています。夜警係の人は先に眠っていますね。微動だにせず、見ようによっては死んだ様にも見えまして、皆、熱心に疲労を回復しようとしているのですね。大変に良い心掛けです。
「ほら、ナトン。俺が言った通りだろ?」
ギョームさんは肉を齧りながら息子に向けて言いました。
「……まだまだ! 俺はまだ進める!」
ナトン君、今日は猪の突進でお腹に大穴が空いたんですよね。メリナの回復魔法がなければ死んでました。
「ったく。俺らは良いさ、前を知ってるから覚悟できたさ。でも、他の奴らを見てみろよ。目が濁りきってるじゃねーか……」
ギョームさんは悲観的な言い方をされますね。そういう人もチームには必要ですが、皆の心が折れるのはよく有りません。
死地でも負けない精神が己を強くするのです。
だから、私は口を挟みます。
「そんな事ないですよ。皆さん、昔のギョームさん達よりお強いです。ほら、思い出して下さい。3日目くらいでお二人とも勝手に泣いたり笑ったりしていましたもの。懐かしいわ」
「……皆、初日に度肝を抜かれたんですよ……。アニーは虫に下半身を食べられるし、ハンソンは無数の蛭に体を覆われるし……」
暗いですねぇ、ギョームさんは。メリナが居たから、皆、無事じゃないですか。
「アニー、何か言ってみろ」
お肉も食べずに、抱えた膝に頭を預けて項垂れている女性にギョームさんが声を掛けました。
「ルーさんが子連れだから……山菜採りくらいだと思ったんです……。ナトン君の気合が妙だとは感じていたのに……」
顔を伏せたまま喋っておられます。虫に襲われた時に服が破れましたので、私だけが村に戻って取ってきた着替えを履かれています。
「大丈夫よ。ほら、アニー。貴女の愛するナトン君が付いているって」
「「ッ!?」」
驚く3人。アニーもやっと顔を上げてくれました。
「ナトン! お前、アニーと付き合っていたのか!」
「何言ってんだ、親父! 俺は剣一筋だ! あっ、いや、アニーが魅力的じゃない訳じゃないんだぞ……」
「ナトン君……」
今ですね。少し恥ずかしいですが、やりましょう。
「ヒューヒュー! ヒューヒュー! お熱いわね! さぁ、皆さん、ご一緒に、ヒューヒュー!」
「「……ヒューヒュー……」」
「ヒューヒュー!」
「「……ヒューヒュー……」」
場が盛り上がりました。これで明日も皆は頑張れるでしょう。




