24:家に着くまでが遠足です②
3/9 行商一家についてのくだりを追記。
現れたのは、自前のゴツゴツとした籠手を腕に装備したガルグ。すでに臨戦状態で登場し、彼の右手には首を九十度にへし折られた下っ端が掴まれていた。
「においからして数はひい、ふう、みい……十二人か。ふん、楽勝だな。久々の実戦、命のやり取りだ。腕が鳴るぜ」
掴んでいた死体をゴミのように投げ捨て、物理的にも指をポキポキと鳴らすガルグ。獲物を前に舌なめずりをする姿は、果たしてどちらが悪者なのか。
「てめ、よくも仲間を……!」
「目隠しなんぞしやがって、何様のつもりだぁ!?」
「一斉にかかるぞ、こいつも殺しちまえ!」
ガルグの近場にいた三人が、息を合わせて三方向から飛び掛る。対してガルグは、最小限の動きだけで剣を躱していく。刃先が肌に触れることはなく、攻撃の全てが空を切っていた。
優れた嗅覚から感じ取るにおい。鋭敏な耳で聞き分ける音。肌を伝う空気の乱れ。ガルグは視覚以外の感覚を研ぎ澄ましており、高められた三感はハンデの有無をものともしていない。
「ぉぐぇっ!?」
攻撃の隙を衝いて、ガルグは男の喉元に手刀を叩き込む。あまりの強烈な一撃に、手刀を喰らった男は膝をつき、血反吐を吐いて倒れこんだ。
前のめりで倒れこむ男の背中に、すかさずガルグはかかとを落として追撃。確実に仕留めんとする、まさに容赦のない徹底振りである。
一瞬だったが男の体は逆くの字に曲がっており、あれは絶対に背骨が折れているな。
ガルグは倒した男には興味を失くし、狙いを別の獲物に移す。
次に標的となったのは、最初に彼に挑みかかった男。男はガルグに頭を掴まれると、その勢いのまま地面に叩きつけられてしまう。
……血がぴしゃりと付近に飛び散り、地面が陥没していた。
ガルグが男の頭から手を離すと、見るも無残な有様となっている。潰れたトマト、とは上手く表現したものだ。
「どうした、まったく歯ごたえを感じないぞ。……それで、次の相手は誰だ? お前か?」
「ひっ……! ひぃぃぃっ……!」
一斉にガルグに飛び掛っていった残りのひとりは、腰を抜かしてその場から後ずさる。男はガルグに恐れをなし、もはや戦意を喪失していた。
しかしガルグは逃げを許さない。目にも留まらぬ速さで男の前から姿を消すと、すでに背後をとっていた。
男は後ろからの気配に気付き、怯えながらゆっくりと振り返る。
振り返った男の顔面に、ガルグの爪先がめり込んだ。顔面はえぐれ、蹴り飛ばされた勢いで彼の体は地面を跳ねていく。
転がった先で体を痙攣させ、男はやがて動かなくなった。
「あの獣人、やべぇぞ……。強すぎる、化物かよ……?」
ガルグひとりの手によって、あっという間に四人が天に召された。その事実に、ならず者たちは動揺を隠せない。波紋は波紋を呼び、木霊して大きくなる。
「ちぃ……野郎ども、引け! あいつは相手にするだけ損だ、積み込んだ分の荷物だけ持ってずらかるぞ!!」
狂人染みたガルグの強さを前にして、さすがに恐れをなしたのか。リーダー格の男は声を張り上げ、撤退の号令を出す。
彼の指示に従って、集団はそそくさと退散。積荷を背負わせた馬に跨り、脱兎のごとく逃げていってしまった。
ガルグは逃げる彼らを追おうとはせず、黙って背を見送る。においが完全に遠ざかってから、やれやれと溜め息を吐いた。
「……シギ、お前は甘すぎる。半端な威嚇は、かえって相手の怒りを買うだけだ。やるならこのぐらい徹底しねぇと、意味がないぜ?」
「はい……。肝に銘じておきます……」
やばい、ガルグさんかっけぇ……。
同性ながら惚れてしまいそうだ。ガルグになら、俺の後ろの初めてを捧げてもいいとさえ思える。
でも、ちょっとやりすぎ感強くない?
「……ん? 半端な威嚇って、ひょっとしてガルグは途中から見てたんじゃ……?」
「ああ。お前が武器を手にとって、相手を威嚇したあたりからな」
「ちょ、やっぱり!? 酷いじゃないか、ガルグ! 見てたんなら、もっと早く助けに入ってくれないかな!?」
訂正。こいつに俺の尻の純潔は絶対に渡さん。
なにゆえすぐ介入してくれなかったのか。問い詰めてやらねば。
「シギ、お前が自分から厄介事に首を突っ込んでいったんだぜ? だからお前が如何ほどの覚悟で挑んだのか、見させてもらったのさ。……腕を吹き飛ばしたのは悪くないが、あれじゃ足りなかったな。集団の頭は迷わず殺せ。続けざまに二、三人見せしめにしておけば、奴らはさっきみたい逃げいったろうよ」
腕を狙うだけでも勇気が要ったのに、追加で二、三人殺せと仰いますか。そんな無茶な。
こちとら三十年以上も、平和な世界で生きてきている。仕事で天国に近い人を何人も相手にしてきたけれど、実際に人の死に触れた機会は片手で数えられるだけ。それも身内だけである。
もちろんいざとなったらすぐ助けに入る気でいたと、ガルグは笑いながら豪語する。俺にとっては死活問題だったので、次からは様子見を禁止しておく。
……しかしながら、俺に覚悟が足りていなかったのは事実。勇んで飛び出したものの、危うくミイラ取りがミイラになるところだった。というか、半ばなっていたけど。
ガルグとの言い合いに区切りをつけ、意識を助けた少女に移す。着ている服を力任せに破かれたせいで、前がはだけてしまっている。目のやり場に困るので、俺の上着を着せてやった。
その間も彼女は、ずっと俺の服の裾を掴んだまま。離したのは服を脱ぎ着する一瞬だけだった。
「えっと、そろそろ手を離してもらえないかな……?」
すると少女は途端に涙目となり、首を横に振って拒否をする。
困った、離してくれそうにないぞ。どうしようと、視線でガルグに訴えかける。
「やれやれ……。なぁ、お嬢ちゃん。いい加減、こいつの服を離してやってくれねぇか? 悪い奴らは追い払ったから、もう怯える必要はないぞ」
「っ……!?」
ガルグが話しかけると、少女は怯えてしまった。俺の後ろに回るとしがみつき、体を震わせている。
「あはは、ガルグの顔が恐いってさ!」
「むぅ……。これでも精一杯、優しい顔で微笑んだんだがな……」
だからこそ、逆に恐いんだと思うけどね。先の一部始終をこの子も見ていたわけだし、ガルグに怯えてしまうのは仕方ないか。
「俺はシギで、こっちの狼男がガルグ。君の名前は?」
今度は俺が少女に話しかけ、ガルグに手本を示す。
俺に対しては最初の経緯からか、幾ばくかの信頼を寄せてくれている。この子が俺からくっついて離れないのが、いい証拠だ。
俺の問いかけに、少女は口をぱくぱくとさせるだけだった。話す素振りはしているものの、肝心の声が出ていない。
彼女自身もなぜ声が出ないのかわからない様子で、懸命に発声を試みている。けれど掠れた風音が出るだけで、一向に声は戻らなかった。
「……っ! ……っ!?」
「……まずい、過呼吸を起こしかけてる!」
声の出ない焦りから少女の呼吸が浅くなり、頻度が早まっている。普段しなれているはずの動作がうまくできず、そのため頭が混乱を起こし、どんどんと彼女の呼吸が乱れていく。
咄嗟に腰に下げていた皮袋を外し、中身をひっくり返す。空になった袋を少女の鼻と口にまとめてあてがい、ゆっくりと呼吸をするよう促した。
過呼吸を起こした際に緊急の処置として用いられる、ペーパーバッグ法。最近ではリスクがあると危険視されている方法だが、今回は緊急ゆえ仕方なし。
過呼吸を起こすと血液中の二酸化炭素濃度が下がり、代わりに酸素濃度が高まる。対処法として鼻・口元に袋をあてがい、吐いた息を再び吸わせて、血液中の二酸化炭素濃度を上げてやるのである。
この方法が危険視される理由のひとつとして、知識のなさから袋で鼻と口元を完全に覆ってしまうことにある。
少し隙間を空けて酸素を入れてやらないと、今度は酸欠に陥いってしまう。適した加減が素人には難しく、そういった危険性から注意喚起がなされているのだ。
少女は落ち着きを取り戻し、次第に息が整っていく。もう大丈夫だろうと判断して、袋を離した。
「……っ。……っ!」
平静となった少女だったが、声はやはり戻らぬまま。
素振りからして察して、恐らくは俺に礼を述べているのだろう。
「まいったな……。この症状は失語症……いや、あれは脳の障害が原因だったかな」
この子の頭を診てみたが、外傷はない。悪漢に打ち据えられていたのは体だけだし、怪我が原因ではなさそうだ。
そういえば過度なストレスなどの心的外傷が原因で、声が出なくなる症状があったっけ。たしか失声症だったか。
失語症なら少しは知識として知っているけれど、失声症はまったくの専門外。名前を知っているだけに留まる。
もっとも知っていたからといって、失語症同様、俺には具体的な治療ができない。前者ならポーションを飲めば治る可能性もあるが、後者は精神的な理由になってくるからね。
周囲を見渡せば、原因として思い当たる節は山ほどある。ガルグに調べてもらったところ、三人の護衛と彼女の両親らしき夫婦の死体が見つかった。
……両親を目の前で殺されたのだとしたら、声を失うほど心に負荷がかかったのも頷ける。
ガルグがにおいを頼りに漁ってきた荷物から、偶然にも少女の名前を知った。彼女が愛用していたと思われる、女性物の手提げ鞄。内側に小さな字で、「ティア」と書かれていた。
名前はティアで合っているかを尋ねると頷いたので、間違いないだろう。
「さて、シギよ。これからその子をどうする?」
「どうって、とりあえず町に戻って、衛兵にでも事情を話して預けるしかないんじゃないかな? ティア、ご両親のほかに頼れる親族はいないのかい?」
俺の質問に、ティアは首を横に振る。
こちらから一方的に質問しての意思疎通しかできず、返事もイエスかノーのどちらか。なかなか彼女の家庭事情を、詳しく知ることが出来ない。
何度かの質問を繰り返してわかったのは、彼女には両親以外の身寄りがないこと。そして帰るべき家がないということだった。
「……根無しの行商人か。独り身の若い駆け出しに多いが、家庭持ちでは珍しい。よほど旅をするのが好きだったのかもしれんな」
根無しとはつまり、ひと所に腰を落ち着けず、あちこち旅をしながら商いをして周る行商人のようだ。
ガルグが珍しいと言ったのは、収入が安定せず、また身の軽さが生きる行商のやり方だから。
守るべき所帯を持ったら、居を構えて生活の安定を図るのが一般的。そう考えると、確かに風変わりな行商一家といえる。
護衛はちゃんと雇われていたが、死体の装備を見た限りあまり質は良さそうではなかった。金をけちったわけではないだろうが、ご両親の財政事情的にはこれが精一杯だったのだろう。
「ガルグに聞きたいんだけれど、孤児になった場合ってどうなるのかな?」
「あー……人族のやり方は詳しく知らねぇが、たぶん孤児院に預けられるんじゃねぇかな」
孤児院か、なるほど。よかった、この世界にもちゃんと身寄りがない子供の受け皿があって。
「ただな、俺の知る限りじゃ孤児院には年齢制限がある。確か十二歳までの孤児が対象だったはずだ。俺が感じ取ったティアの体格から判断して、こいつは十二歳をとっくに超えているんじゃないか? だとしたら、自分でなんとかしろと突っぱねられるかもしれん」
うげ、そうなのか。十二歳までというと、本当に幼い子供の保護しかしてくれないのかよ。
ティアは俺の見立てじゃ、高校生ぐらいの年頃に思える。実際年齢を尋ねてみると、指で一と五をだした。六歳か、なら大丈夫……なわけないね。つまり十五歳か。
「教会に庇護を求める手もあるだろうが、期待はできんな。迷える子羊に救いの手を……と謳っちゃいるが、所詮は言葉だけだ。数日は面倒を見てくれるだろうが、すぐ放り出されるに決まっている」
神の教えを説く教会であっても、言葉を失った少女を受け入れてくれるほど、懐は広くないのか。
まったく、神の代弁者はこれっぽちも役に立たないな。
「そもそも十五となりゃ、独り立ちが視野に入ってくる年齢だ。だから親族でもない限り、どこにいっても引き受けてくれんと思うぞ。……もしあるとすれば、娼館の類か。女の武器である体を売れば、貧しくともひとりで生きていけるだろうぜ」
「ちょっと、ガルグ。冗談でも言っていいことと悪いことがあるよ?」
「俺はあくまで道のひとつを示しただけで、冗談を言ったつもりはないんだがな」
そうだとしても、十五歳の少女に体を売って生きろとはよく言えるよ。ましてや辛い思いをした直後なのにさ。
さすがに娼館はだめだ。だってせっかく助かったのに、少しマシなだけの地獄に移っただけじゃないか。
この世界では十五歳は大人の仲間入りをするのかもしれないが、俺のいた世界の国ではまだまだ子供でしかない。子供に売春させちゃいけないんだぞ。
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