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20:欲しがりさん

 フィエリの風邪は一夜明けても治らず、それどころか悪化していた。俺が昼食を作って、見舞いに訪れたあとから熱が上がったそうだ。当初の病状は軽いと聞いていただけに、心配である。


 今日も見舞いに行こうとしたのだが、シエラに丁重にお断りされてしまった。風邪をうつしてはいけないから、と。

 うつされても俺はポーションをすぐ飲むから大丈夫なのだが、シエラは駄目の一点張り。むぅ、悲しい。やはり昨日の一件が尾を引いているのだろうか。


 風邪が悪化したため、約束通りポーションを飲むようにとシエラに伝言を託し、看病をお任せする。

 俺にできるせめてもと『はちみつ生姜湯』を作り、渡しておいた。


「このスープ、『葛湯』といったか? なるほど、確かに優しい味だな。体を動かしたあとの疲れた体にちょうどいい」


「ナー。でもミファは、もっと甘いほうが嬉しいゾ」


 三時のおやつとして、ガルグとミファにも振る舞った『葛湯』。いや、実際は『かたくり湯』なんだけどもね。

 ガルグには控えめな甘さが合うらしく、逆にミファにとっては薄味にしか感じられなかったようだ。


「ところで、シギ。ミファがフィエリと喧嘩したそうだが、普段から仲の良いふたりになにがあったんだ? 本人に直接話を聞いても、いまいち要領を得なくてな」


「あー……その件ね。うーん、原因の一端は俺にもあるからな。いやね、ミファがフィエリの汗を拭いている最中に、俺が部屋に入っちゃってさ。でもミファは手を止めなくて、体を隠そうとするフィエリの腕を無理矢理どけたんだよ。でまぁ、俺がフィエリの裸を見ちゃって、ミファのせいでってなったわけ」


 喧嘩の原因を、おおまかにわかりやすく説明する。理解したガルグは顎をさすりながら、納得した顔を見せた。


「概要だけ簡潔に説明すると、ミファのフィエリに対する、女性としての配慮が足りなかったってことになるかな」


「失礼な、ミファにだって配慮ぐらいできるゾ」


 いやいや。できていないからこそ、フィエリと喧嘩になったんでしょうに。年頃の娘が親兄弟でもない男に、裸を見られたんだぞ? そりゃ平気でいられるわけないって。そもそも異性という時点で、親兄弟が相手でも嫌がるだろうに。


「ミファとフィエリとシエラは、大切な家族。シギだって同じだゾ。家族に裸を見られて、恥ずかしいカ?」


「……ミファよ。家族であっても異性は異性だ。お前の感覚では理解し難いのだろうが、普通は家族相手でも恥ずかしがる。俺の妹も、着替えている最中に俺が部屋に入ると烈火のごとく怒りだすからな」


 ミファの感性こそが少しずれているのだと、ガルグは自分の妹を例に出して言い聞かせる。

 なおミファの言う家族に、しれっとガルグが含まれていなかった件については、指摘しないでおこう。


「むぅぅ……。ミファにはいまいち理解できないが、納得はしたゾ。ミファはこれから、フィエリに謝ってくル。喧嘩したまま、気まずいのは嫌だからナ」


「うん、そうしなさい。家に戻るついでに、フィエリとシエラの分のおやつを持っていってくれるか?」


「ん、わかっタ」


 食べ終わった食器を台所の流しに持っていき、その流れでふたり分の『かたくり湯』を作る。出来上がった熱々をお盆に載せ、ミファに持たせた。

 零さないようにと注意をし、自宅に帰るミファの背中を見送り、仲直りが上手くいきますようにと陰ながら願っておく。


「やれやれ。父親役は大変だな、シギよ」


「娘より年下な父親が、どこにいるってのさ」


 実はミファは、ああ見えて110歳。俺の三倍近く年上だ。ちなみにシエラが140歳で、意外にもフィエリが一番幼く、俺と同じ30代。シエラは納得がいくが、ミファとフィエリの年齢は逆にもほどがる。


 とはいえ三人とも、長命なエルフ族の中ではかなり年若い部類なようだ。ミファを見ていてわかるように、種族柄か、年を取れば必ずしも精神が成熟するとは限らないらしい。


 彼女たちエルフ娘の年齢を教えると、ガルグは驚いていた。しかしエルフという種族から、すぐに納得がいっていた。

 俺も最初聞かされたとき、ある程度の予想はしていたが、三桁年齢だと知って実感が湧かなかったからね。


「……ん? 待てよ、フィエリとシギが同じ三十代の年齢だとすると……。俺が一番年下になるのかよ……!?」


「あ、そうなの? ちなみにガルグって何歳さ?」


「今年で24になる」


 思わず飲んでいた水を噴き出してしまった。迫力のある風貌からてっきり、ガルグは俺と近い年齢だと思っていたから……。なんだ、結構年下じゃん。


 ガルグがまだまだ二十代前半なのだと知り、ちょっと可愛く思えてきた。お兄さん風を拭かせて頭を撫でてやる。……うん、調子にのるなと手で払われた。


 それにしたって、ガルグは歳よりも老けて見えるな。いや、狼の顔で若さとかよく判別つかないんだけれどもさ。雰囲気とかからそう感じてしまうのかな?


 ちなみに俺は、歳より若く見られがちだ。といっても、主にお年寄りのお爺ちゃんお婆ちゃんから言われていたため、あまり真に受けてはいないが。


「まぁ、年齢の話はいいとして。ガルグに尋ねたいことがあるんだけど、いいかな?」


 年功序列の概念を持ち出すと面倒なので、年齢は気にしない。歳を取っただけで、誰もが自動的に偉くなるわけじゃないしね。


 話題をさっさと切り替え、前々から考えていたことをガルグに相談する。


「……人族の町に行きたい、か」


「うん。ガルグは人族の町を経由して、この森に来たんでしょ? だから、詳しく知りたいと思ってね」


「それは構わないが……。よければ、理由を聞かせてもらえるか?」


 疑問を浮かべるガルグに、俺は町に行きたい理由をひとつひとつ列挙する。


 現状、この森の中だけで生活は回っている。畑の栽培は順調で、森で採取してきた果物や植物は大抵が十分賄えている。森は獲物が豊富で、肉や魚にも困らない。


 でもやはり、狭い範囲だけではどうしても補えないものがある。


 パンが食べたくとも麦はないし、乳製品が欲しくとも牛乳すらない。調味料も主力が塩と、幅が狭すぎる。

 ほかにも糸や布が、アーガスさんの遺した古着頼り。


 贅沢を言い出せばきりがないが、安定した生活が送れている以上は質の向上を目指したくなる。


「なるほどな。それで町に出て、足りない分を手に入れたいのか」


「そういうこと。最低でも小麦と、乳牛が数頭は欲しいね。調味料なんかも手に入るなら、いくらでも種類が欲しい」


 問題はお金だが、そこは日々生産される赤ポーションを売れば工面できるはず。ほかにも魔物の牙や毛皮といった素材も、売れるんじゃなかろうか。

 アーガスさんは貯金だけは残していなかったが、売ればお金になりそうなものは山ほどある。


「俺が最後に滞在した人族の集落は、この森の東側から抜けた先にあるチアベリという町だ。そこそこ大きくて賑わっているから、シギが望む大抵のものは手に入ると思うぜ」


「本当!? それじゃ、ガルグ。案内を頼めないか? 明日にでも行こう!」


 はしゃぐ俺に対し、ガルグはあまり乗り気ではように思えた。町に行くことに対し、抵抗がある様子だ。


「……シギの頼みとあれば、断れんな。だが行くのは俺とお前のふたりだけだ。ミファたちは置いていくぞ」


「え? ああ、うん。もとよりそのつもりだけれど、一応理由を聞いてもいい?」


「チアベリの町は、アリシドという大国に属している。この国は昔から人族至上主義でな、亜人種はほかのどの国よりも扱いが悪いんだ。……ミファたちが危険な森にまで逃げてきた原因を、シギも知っているはずだろう?」


 ここまで説明すればわかるだろうと言われ、察せないわけがない。

 シエラたちエルフ娘を町中に連れて行けば、どうなるか。歩いているだけで、面倒事があちらから降りかかってくるのは目に見えている。


 ガルグが乗り気じゃないのは、自身に対する風当たりもきついからか。

 強面のガルグを相手に絡んでくる馬鹿はいないと思うが、不快な思いをする場面は多々あるはず。というより、実際にあったのだろう。


 このあとガルグからさらに詳しい話を聞き、シエラたちにも話を伝えて了解をとる。留守番は彼女たちに任せ、出発は明日の朝となった。

お読みいただき、ありがとうございます。

いただいた感想、ブクマ、評価は今後の創作の励みになります。

引き続き、お付き合い願えれば幸いです。

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