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超絶政治闘争学園ノブリス  作者: 片里鴎(カタザト)
第四話 ある殺し屋への葬送曲
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襲撃と逃避行その2

 非常口から階段を駆け下りる。


「拳銃持ちが三名、ナイフが二名」


「素手で充分だ、行くぞ」


「うおっ」


「ぐっあっ」


 冷静な外務会の人間の声と、銃声、そして呻き声が階段を響く。襲撃者と外務会の連中の戦闘が始まっているらしい。


 その混乱の中、夏彦と月、そして男は身を屈めて、転がるようにして階段を駆け下りる。


  横目で、階段を襲撃者らしき奴らが何人も転がっているのを夏彦は確認する。服装はスーツやカジュアルなものとばらばらだ。


「おっ、おいっ、こんなっ、大丈夫なのかっ」


 男が悲鳴混じりの声をあげる。


「頭下げて走ってれば滅多に弾は当たりませんわ」


「滅多にって、おいっ」


「一階についた後、どうします? 裏口から脱出しますか?」


 夏彦の言葉に、


「いいえ、むしろ表側から逃げますわよ。まだ人通りが多いし、銃声で騒ぎになっているはず。そこで、大勢で待ち構えて銃撃はさすがにしてこないでしょうし。もっとも、人ごみに紛れて近づいてナイフで刺殺はありえますから注意が必要ですけど」


「お、おいっ」


 物騒な月のセリフに男が震え上がる。


「大丈夫ですよ、なるべく俺の後ろについてきてください」


 自然と、夏彦の口からそんな言葉が漏れる。


「あら、自信家ですのね」


 駆け下りながら、意外そうに月が言う。


 その月の頭上を襲撃者が振るうナイフが通過する。


「ぐあっ」


 その襲撃者も外務会らしき人間の放った蹴りで吹き飛んでいく。

 相変わらずの混戦だ。


「そういうわけじゃあないですけど、こういう時に自分と周りの人を守れるように日頃から訓練してるわけですし」


 喋りながら、走っているうちに体の節々がぎしぎしと痛み出すのを夏彦は感じる。

 大倉と虎にやられた分は未だ完治していない。こんな状況で階段を全力疾走するはめになるとは。

 夏彦は運命を呪う。


「頼もしいですわ。それではわたくしも守ってくださる?」


 先頭を走っていた月は、そう言うやいなや夏彦の背中に回りこみ、ぴたりとくっつく。


「ちょ、ちょっと、もう」


 かすかな抵抗の後、諦めて夏彦が先頭となって階段を駆け下りる。

 ようやく一階だ。

 騒然としているフロントに転がるように駆け込み、そのまま正面の自動ドアに向かったところで。


「……正面の方が、安全じゃあなかったんですか?」


 自動ドアが開き、そこから目つきの悪い男が十数名、フロントに押し入ってくる。


 ホテルのフロント係をちらりと夏彦が確認すると、青い顔をして震え上がっている。フロントにいる他の第三者も同様だ。


「第三者の目があるというのに、強引ですわね。ここまでやるとは思っていませんでしたわ」


 月が呆れたような声で言う。


 顔色の悪い男は、黙ってかちかちと歯を鳴らしている。


「あのー……」


 何とか交渉できないか、と夏彦が話しかけたところで、先頭にいた男が懐からナイフを取り出し、無言で突き出してくる。


「おっ」


 それを夏彦はバックステップでかわすが、他の男たちも懐から刃物や銃器を取り出すのを見て、「これは、まずいな」と冷えた思考を抱く。

 死ぬかもしれないな、と頭で思うが、心が恐怖を抱くまでにはなっていない。どちらかというと、唐突な展開の連続に心が麻痺しているのかもしれない。


「ちっ」


 舌打ちとともに、月が身構えるのが夏彦の視界の端に映る。

 だが、きっと間に合わない。


 唐突に、目つきの悪い男たちのうち数人が吹き飛ぶ。残りの男も驚いて動きを止める。


「え?」


 突然の展開に驚く夏彦の目に、男たちと夏彦たちの間に、いつの間にか立ちふさがっている少女が映る。

 赤と黒で統一された服装、どこかアンバランスな容貌の美少女。

 緋桜だ。

 少女の右手には、一メートルほどの金属の棒のようなものが握られている。


 いや。

 あれは、金属の棒なんかじゃあない。

 あれは。


「……散弾銃?」


 後ろの月が呟く。


 それと同時に、緋桜が手に持ったそれを男たちに向けて、


「ばあん」


 と言いながら引き金を引く。


 音、というよりも衝撃波が夏彦の鼓膜を震わせる。

 そして、残りの男たちが吹き飛ぶ。

 吹き飛んだ男たちは床に転がって、それきり呻き声ひとつたてない。血は出ていないし、見たところ外傷もないようだが、死んでいるんじゃあないかと夏彦は疑う。


 襲撃してきた男たちが全員床に転がって、フロントは静かになる。

 だが、フロント係やその他の客、第三者は相変わらず青くなって震えて、今にも倒れそうだ。少しも安堵していない。

 それも当たり前か。

 向こうからすれば、物騒な男たちが吹っ飛んだ代わりに、銃を持った物騒な少女が現れただけだ。


 しらばくの沈黙。フロントに居心地の悪い沈黙が広がる。


 月は黙って緋桜の後姿を伺い、顔色の悪い男はきょろきょろと夏彦たちと緋桜の顔を交互に見ている。

 そして、夏彦はどうしていいか分からず、立ち尽くしている。


「さて」


 その沈黙を破って、くるりと緋桜は夏彦たちの方を振り返り、


「逃げましょ」


 と言う。


 そして振り返りもせずに正面出口から外に出て行く。


 一瞬、この少女の言葉に従っていいのか、と躊躇するが、よく考えたらどちらにしろこの場から逃げるくらいしか夏彦たちには選択肢が残されていない。


「……そうしましょう、か。月先生、あなたも、行きましょう」


 夏彦は月と男を促すと、ホテルの正面から出て行く。


 すぐに月が、少し遅れて慌てて男がそれに続く。





 雑多な路地をジグザグに歩き続ける。

 途中、夏彦は何度も走ろうかと迷ったが、その度に月と緋桜に止められた。

 目立たないように、できるだけひっそりと歩いた方がいいそうだ。

 格好からしてもう目立ってる、と反論したかったが、無駄だと思い直して止めた。格好が目立とうが目立つまいが、ともかく現時点では、どうにかしてこっそりと襲撃場所からなるべく離れるしか道はない。


 迷路のような裏道を、緋桜の先導で歩いていく。


「あの……」


 どこに行くかも分からず、混乱した状況で歩き続けるのに耐え切れなくなり、夏彦が口を開く。


「緋桜さん、ですよね」


「ああら、アタシの名前を知っているとは感心じゃないの。で、あんた誰?」


 振り向きも、足を止めもせずに緋桜は訊き返す。


「夏彦と言います。司法会監査課の課長補佐をしています。今回の件の監査で来ています」


「ああ、例のね。んで、アタシがどうしたって?」


「その、緋桜さん、何が起きてるんですか? それと、今どこに向かってるんですか?」


「んんー」


 その質問に、緋桜は足こそ止めないものの、唸りながら頭を抱える。


「向かう場所は、万が一に備えて外務会がリストアップしておいた隠れ家のひとつ。今何が起きているのかと訊かれれば」


 そこで、緋桜は初めて振り向く。

 大きな目が、呑み込むように夏彦を捕らえる。


「アタシより、そっちが詳しかったりしない?」


 足を止めないまま、二人はしばらく見つめあう。


 月は黙って見合う二人を観察し、顔色の悪い男は状況が分からずにおろおろしている。


 緋桜の目を見ていて、夏彦はまるでそのまま吸い込まれていくような錯覚を覚える。

 その感覚に抗うように、必死で両足に力をこめて、


「何のことだか。俺としても、こんな妙なことになって混乱しているんです」


「ああら、そう。それは失礼」


 なおも視線を外さない緋桜。


 場の緊張が高まる。


 と、緋桜が突然足を止める。


 やるつもりか、と夏彦は身構える。

 緋桜の片手には未だ銃が握られている。やりあうとしたらこちらが不利か。


 だが緋桜は、


「ここよ」


 と歩いている路地の先にある、一軒の古ぼけた雑居ビルを親指で示す。


「ここが、前もって外務会が用意しておいた隠れ家のひとつ。安宿レベルには快適なはずだから、お三方ともどーぞ」


 そう言うと緋桜はその雑居ビルへと入っていく。


 残った三人は、思わず顔を見合わせる。


「ど、どうするんだよ?」


 男が、ケースを抱いたまま震え声で言う。


「信用するのは危険ですけど、かといって彼女の提案に乗らずに無防備なままというのも危険ですわね。ここなノブリスの外。外務会の庇護を受けるのは必要ですわ」


 曖昧な月の言葉を、


「つまり、いつ裏切られても大丈夫なように気を張りながら、緋桜さんの言うことにとりあえず従っておこうということですね」


 身も蓋もないように夏彦が要約する。


 やれやれ、煮え切らない不安定な方針だな。

 夏彦はそう思いながらも、結局のところその方針を採るのが今の自分たちにとって一番堅実だということを認めざるを得ない。

 そう、緋桜も外務会も、無条件に信用することはできない。

 夏彦はそっと月と男の顔を盗み見る。

 この二人も、同様だ。信用しすぎてはいけない。

 今度は、ライドウと胡蝶の顔が浮かぶ。

 自分の所属している司法会すら、今回の件に関して信用していいかどうかは未だ未知数だ。

 夏彦はため息をつく。

 全く、どうしてこんな監査を引き受けてしまったんだろう。貧乏くじばっかりだ。

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